安藤さんの謎

赤坂の料亭で働いていた頃、厨房に「ご飯の安藤さん」と呼ばれている恰幅の良い女性がいました。
なぜ「ご飯の」かというと、安藤さんはご飯を炊くのが専門の人だったからです。

その料亭は10年も20年も働いている女性が多く、女中頭の(従業員はみな女中と呼ばれていました)ユカリさんをはじめ、当時20代後半だった私が生まれる前からそこで働いているようなツワモノが何人もいました。

なかでも女中頭のユカリさんは別格で、顔と髪型が美川憲一に似ていて、眉はマレーネ・ディートリッヒそっくりの細く長い弧を描き、その心のうちの読めないポーカーフェイスは支配人やオーナーからも一目置かれる存在でした。

しかし、ユカリさんはほんとうはとても優しい人でした。特に私とはうまが合ったのか、彼女にはものすごく可愛がってもらいました。
ただ、なにせ見た目にただならぬインパクトがあったので、周囲からは恐れられ、その威力は入店1日目の新人が更衣室で着物の帯を結んでいるユカリさんを見ただけで逃げ出してしまったほどです。

そして、そんなユカリさんが唯一敬語を使う相手が「ご飯の安藤さん」でした。
安藤さんは横も縦もとても大きく、アフリカの市場にいるマーケットマミーのような貫禄のある女性でした。年齢も家族構成も不詳、白い制服に大きなエプロン、白の三角巾をかぶり、サンダルに白のソックスを履き、いつも不機嫌そうに厨房の隅の丸椅子にどっかと腰をおろしていました。

安藤さんはヘビースモーカーで、よくタバコ部屋で板前や黒服たちと低い声で話しながらすぱすぱタバコを吸っていました。そして、私たち女中とはほとんど口をききませんでした。たぶん、着物を着て働く私たちは「女中」というくくりで十把ひとからげにされ、安藤さんからは人間扱いされていなかったのだと思います。

そして唯一、安藤さんに人間として接してもらえていたのは女中頭のユカリさんでした。彼女には心を許しているらしく、安藤さんがごく普通に笑顔を見せているのを見て私はひえーとなったものです。

安藤さんは厨房がどんなに忙しくても決してご飯炊き以外の仕事はしませんでした。たとえ厨房が修羅場となって板長が「ちょっと安藤さん、ここお願いできる」と言っても、安藤さんはフンと言ったきり、まったく動こうとしないのです。
板前の中にはそんな安藤さんを煙たがり、追い出そうという人もいました。しかし安藤さんはオーナーの弱みでも握っているのか、どんなにリストラの嵐が吹き荒れてもクビになるようなことはありませんでした。

厨房にはブイヤーさんという皿洗いの男性がいたのですが、このブイヤーさんが要領が悪く、機嫌が悪いときの安藤さんのサンドバッグがわりになっていました。私が厨房の入り口に立って料理が出てくるのを待っていると、よく奥から安藤さんの「このバングラデシュがあ!」という怒声が聞こえてきたものです。(ブイヤーさんはスリランカの方です)
その怒声の恐ろしいことといったら、私たち女中どもはああ、うちらこっち側でほんとうによかったねえ、とひそひそ声で話し合ったものです。

そんな安藤さんですが、彼女が炊くご飯は絶品でした。
米を洗うときは浄水器の水を渓流のように惜しげもなくじゃぶじゃぶ流し、大きなお釜でふっくら炊いたご飯はお米のひと粒ひと粒がピンと立ち、口に含むとなんともいえない甘みがふわりと広がりました。
そしてもうひとつ、実は私はひとつだけ彼女の秘密を知っていたのです。

それは毎朝、出勤前に店の近所の日枝神社にお詣りに行くと、必ず先に安藤さんが来ているということでした。
鉢合わせはしたくないからもちろん私は隠れるのですが、安藤さんはそのときだけは別人のような表情になり、いつも神妙な様子で手を合わせて一心に何か祈っていました。

想像力のたくましい私はその姿を見ていろんなことを考えました。もしかして安藤さんには病気がちな娘さんでもいるのだろうか、それとも武者修行と称して海外に出奔し傭兵になってしまった息子さんでもいるのだろうか。ああそれとも、きっと帰ってくるよと言い残しクジラを追って海に消えてしまった夫の帰りを今もずっと待ちつづけているのだろうか。

その頃から映画『アメリ』ばりの妄想力を持ち合わせた私は、安藤さんについてそういう想像を日々たくましくしていたのです。

そんなある日、私は店で仏滅と天中殺と大殺界と13日の金曜日が重なったような目に遭いました。
その時期の私はおのれを殺し、いつもニコニコ笑ってるような主体性のない女だったので、酔ったお客さんに狼藉をはたらかれたすえ、頭から日本酒をぶっかけられてもいえ大丈夫です平気ですからとユカリさんに伝えたのでした。

感情が決壊したのは仕事が終わってひとり厨房脇の洗い場で雑巾を洗っていたときでした。ちくしょう、ちくしょう、と泣きながらつめたい水で雑巾を洗っていたら、ふと着物にたすきをかけた私の両肩をがしっと誰かがつかみました。

安藤さんでした。

安藤さんは無言のまますごい力で私の肩を二、三度揉むと、私の脇に握りたてのちいさな塩むすびがひとつ乗った皿を置き、ドスドスと何事もなかったように厨房に戻っていきました。

私はキツネにつままれた思いでしばらくその塩むすびを見つめていました。これは夢かと思いましたが、夢でない証拠に私の両肩にはご飯粒がたくさんついているのです。
私は塩むすびを食べ終えると器を下げ台に返し、ご馳走さまでした美味しかったです、と厨房の安藤さんに声をかけました。
すると安藤さんは厨房の奥からギロリと私を一瞥し、初めて私に向かってまともに口をきいてくれたのです。

「あんた、よくあそこお詣りすんの」
「え?」
「日枝神社」
「あ、はい」

安藤さんは私がこっそり見ていたことに気づいていたのです。私がポカンとしていると、安藤さんは言いました。

「あとはあたしとユカリさんだけだよ」
「え?」
「氏神さまにお詣りしてるの。みんな不信心でどうしようもないね、きっとロクな死に方しないよ」

私はしばらくその言葉を反芻していましたが、そういえばユカリさんがお詣りするのもときどき見かけたっけと思い出しました。
そして、安藤さんに一体なんと答えようかと考えていたその矢先、とある答えが天啓のように私の頭にひらめいたのです。

もしかしてこれは、私の積年の疑問の解を得る千載一遇のチャンスじゃないか。

積年の疑問とはもちろん、安藤さんが毎朝神前で何を祈っているのかということです。

そうだ、いまだよ、今しかない。
私は何かに背中を押されたように、思いきって安藤さんに尋ねました。

「あのう安藤さん、いつも神社で何をお祈りしているんですか?」

安藤さんはあっけなく、私の問いに答えました。

私は凡庸な現実よりも華麗な虚偽を愛する、と言ったのは作家の三島由紀夫ですが、真実というのはへんにあかさず、謎は謎のままとどめておいたほうが良いときもあるのかもしれません。

結論から申しますと、安藤さんには病気の娘も傭兵の息子も行方不明になったクジラ漁師の夫もいませんでした。

安藤さんの祈りというのは次のようなものだったのです。

「パチンコ」

#コラム #佐伯紅緒 #エッセイ #下町 #おにぎり

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佐伯紅緒

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コメント6件

初めて読みました。面白かったです。フォローさせて頂きますので、よろしくお願いします。
ありがとうございます。
また読みにいらしてください。
ちょっと泣きそうになりました。フォローさせて頂きます。
ありがとうございます。
よろしくお願いします。
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