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ぼくを会員にしてくれるクラブになんか入りたくありません

夜11時、行きつけのバーのマスターから「右京くんが店に来てるよ」と連絡があったので、すでに化粧を落として寝巻きに着替えていたのですが、上着をひっかけマユだけ描いてすぐに出かけていきました。

「右京くん久しぶり、元気だった」
「生きてはいます」
「こないだここでテキーラ8杯飲んだんだってね」
「男ばかりの不毛な飲みです」
「どこが不毛なの」
「不毛ですよ。男ばかりなんてなんの生産性もないじゃないですか」
「そんなどっかの議員さんみたいなこと言わないの」
「はあ」
「ところで最近カラダ鍛えてるんだってね」
「ええ少し太りたくて」
「どうして」
「40過ぎてヒョロヒョロだとナメられるでしょ。いい加減貫禄つけたいんですよ」
「あなたの場合原因は体型じゃないと思うけど」
「今なにか言いましたか」
「べつに。右京くんて営業だっけ」
「ええ、IT企業です。業務内容説明しましょうか?」
「いえ結構。仕事楽しい?」
「惰性です」
「最近なにかいい映画観た?」
「それが今年は暗い映画が不作で」
「暗い映画じゃないとダメなの」
「そういうわけじゃないですが、現実的なのが好きなんで」
「たとえば」
「今楽しみなのはボーダーラインの続編」
「あああの数分に一回人が死ぬやつ。デートに連れてける映画じゃないよね」
「どうせひとりで観るもので」
「彼女まだできないの」
「ええ」
「だってそのルックスならモテなくはないでしょう」
「ぼくを会員にしてくれるクラブになんか入りたくないんです」
「は?」
「ぼくなんかをいいという女性には興味が持てないということです」
「なんかウディアレンみたいなこと言ってる」
「さすが年の功、よくご存知ですね」
「うるさい。そんなことばっか言ってたら今年のクリスマスもまたひとり映画鑑賞会だよ」
「それもいいと思ってます」
「去年はひとりマンチェスターバイザシーだっけ」
「ええ。暗くてとてもよかったです」
「こないだトシオさんが言ってたよ、右京はもっと駅にちかいところで飲んでる女を口説けばいいんだって」
「だからそれがぼくを会員にしてくれるクラブだって言ってるんです」
「でも正直な話、こんな駅から遠い店で飲んでる女は右京くんの手には負えないよ」
「そうですかねえ。じゃもういい加減諦めようかな婚活」
「待て待て、諦めたらそこで試合終了だよ。まだ今年はクリスマスまで1ヶ月ある」
「それが実は」
「春来た?」
「いえ、まだ啓蟄で」
「なにそれ」
「こないだ会社の若い子に誘われたんです。飲みに連れてってくださいって」
「いいじゃん。彼女、トシいくつ?」
「新入社員なので想像していただければと」
「わっかいねえ。で、いつ行くの」
「来週土曜日です」
「お店決めたの?」
「まだです」
「まさかまた前回みたいに1軒目からボンダイカフェとか行くんじゃないでしょうね」
「いえ、今度はくおんの懐石にしようかと」
「よしなよ、シーンとしてるよあそこ」
「でもメシうまいですよ」
「間が持つの? 持たないと思うよ。きっとあなたのことだから酒飲みすぎて彼女にいらん説教して終わりだよ」
「そうなると思いますか」
「ほぼ100%なると思うね」
「賭けますか」
「賭けにもならない」
「おれはどうしたらいいんでしょう」
「ピザだよピザ。そういうときはイタリアンだよ。相手の子若いんでしょ」
「20違いです」
「うわー」
「ピザかあ」
「心当たりないの? カウンターのあるオシャレなカジュアルめイタリアンとか」
「ぼくのテリトリーにはないです」
「右京くん家どこだっけ」
「G坂です」
「G坂ならあるじゃん、ピッツェリアK。あそこならバッチリだよ」
「いやです」
「どうして」
「テリトリー内すぎますよ」
「でもうまくいったらそのまま持ち帰れるよ」
「1回めですよ? 社内ですよ?ダメになったらどうするんですか」
「そんなことばっか言ってるから恵比寿横丁でもナンパできなくて八景島のイワシみたいにグルグル回遊しちゃうんだよ」
「その話だれに聞きましたか」
「ここの常連全員知ってる」
「みなさんどうもヒマですね」
「そうよヒマなの。だからあなたの恋愛の行く末にみんな興味しんしんなの」
「ただ遊んでるだけでしょう」
「そうよ。でもいないところであれだけ話題になってるんだから大したもんだよ右京くん」
「どうせぼくのことみんなで寄ってたかってバカにしてるんでしょう」
「してないよ。私たちはみんなで寄ってたかってあなたのこと応援しているの」

してないよ。私たちはみんなで寄ってたかってあなたのこと本気で応援しているの。

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