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桜井さんとの約束

年明けから樹木希林さんの本『一切なりゆき』を読んでいたら、ずっと忘れていたある人との約束を思い出してしまいました。

「しまいました」と言ったのは、その内容がたいへんヘビーなものだったからで、たぶんヘビーすぎたがゆえに、私は長年その約束自体を忘れていたのだと思います。

その約束の相手は桜井さんという詩人のおじいさんでした。
桜井さんは元ハンセン病患者で、子供の頃に発症し、故郷を離れてひとり施設に入り、以来、治ってからも終生そこで作家活動を続けた人です。

私が桜井さんを知ったのは16年前、テレビの報道番組でした。普段テレビを見ない私がその晩は珍しくご飯を食べながらテレビを観ていて、たまたま写っている桜井さんを見た瞬間、ピタッと箸が止まりました。

一度見たら忘れられない容貌の人がそこに写っていたからです。

桜井さんの容貌は、ごく控えめにいってかなりパンチの効いたものでした。目も鼻も両手指もなく、顔全体がケロイドに覆われ、声帯もやられていて声も小さく、囁くくらいにしか聞こえません。

ところが私をひきつけたのはその点ではありませんでした。この桜井さん、とにかく喋りがめちゃくちゃ面白いのです。しかも、ちょっと毒がある。それも私のいちばん好きなタイプのユーモアのある毒でした。

私は次第にこの桜井さんという人のトークに引き込まれていきました。最初はインパクトがあったその見た目も、1分も見ていればいつしか慣れてしまいます。このひとはただものではない。私はそう感じました。

このひとには会うしかない。私は天啓のように思い決め、気づけば桜井さんの住む施設の住所を探しあて、その日のうちに是非お会いしたいですとお手紙を送っていました。

すると数日後、桜井さんから代筆のお返事が届いたのです。

「いつでもお越しください。お待ちしています」

私はすぐに行きました。あれは秋の終わりのことで、山の中の温泉街のはずれにあるその施設はコスモスが満開でした。

元ハンセン病患者の施設というのはだいたい人里離れた場所にあります。なぜなら、元ハンセン病の方は治ってからも容貌が大きく変わってしまったり、手足が不自由だったりと社会復帰が難しく、ほとんどの人は治ったあとも生涯を施設の中だけで過ごすからです。

桜井さんもまたこの施設に60年も住んでいました。ハンセン病患者だというので国の法律で断種手術を受け、それが失敗したらしく施設の中で結婚した女性との間に子供ができましたが強制中絶。相手の女性も2年後に白血病で亡くなったそうです。

そして、こういう人たちのことが公に報道されることはめったにないため、私も30歳をすぎるまでその存在すら知りませんでした。無知は罪です。

約束した時間に行くと、案内された四畳半の個室にはテレビで見た通りの桜井さんが座っていました。
お会いするまでは全てを悟った仙人みたいな人を想像していたのですが、どっこい、じかに接する桜井さんは、驚くほど色気のある現役感バリバリの男性でした。

見た目は確かにおじいちゃんでしたし、おまけにハンセン病の後遺症もあります。ただ、とにかく気配が若いのです。イメージでいうと40代くらい。このひと、女性にもてるだろうなあ、と思ったのを覚えています。
実際、私と話をしていたほんの30分のあいだにも、桜井さんの部屋には男女を問わず、入れ替わり立ち替わりいろんな人が顔をのぞかせては挨拶をしてゆくのです。
それも、桜井さんを気遣うというよりも、その人柄に触れに来る、参拝しに来る、といった感じでした。

「タイに行ったときにね、浜辺に行ったら頭の上で金属がきしむような音が聞こえたの。俺は目が見えないでしょ、だからあれなんの音ですって聞いたら、ヤシの木の葉ずれの音だっていうんだよね。びっくりしたよ」

桜井さんは情景描写が素晴らしく上手な人でした。おかげで私はこの話を聞いて以来、どこへ行ってもヤシの木が揺れるのを見ると必ず目を閉じるようになりました。すると本当に桜井さんの言う通り、金属音としか思えない音が上から聞こえてくるのです。

桜井さんは詩人です。タイを題材にした詩集も出しています。そのどれも素晴らしいので、やっぱり目が見えなくなった分、感性が研ぎ澄まされてそんな詩が書けるようになったのでしょうか、というような浅はかな質問をしたら、桜井さんはそんな私にバシッとひとこと言いました。

「でもやっぱり目は見えたほうがいいよ」

私はすみませんでしたと頭を下げ、そして、このひとから人間らしい本音を聞けてよかったと思いました。
なぜなら、桜井さんは自分はらいになってよかった、おかげで神様を知ることができたから、と公には仰っていましたが、私は、べつに重い十字架を背負って生きているからといって、聖人君子になる必要なんて1ミリもないと思っているからです。

「いま会いたい人はいますか」
「ローマ法皇」
「なぜですか」
「ハンセン病のことを訴えたいから。俺が直接話したいの」

桜井さんは当時78歳です。すごいことを言う人だなあと思いました。

そして最後に、私はいま作家修行中の身なのですがなかなかデビューできないんです、と自分の置かれている状況を告白したら、桜井さんは見えない目で私を見据えて言いました。

「いつか必ず俺らのことを書いてね。約束だよ」
「はい」

そう言うしかありませんでした。まだ作家にもなれてないのに。
お世話になりました、と桜井さんに頭を下げ、私は庭に咲いていたコスモスの花をお土産にもらって帰りました。

そしてあれから16年の月日が経ち、今朝、桜井さんとの約束を久しぶりに思い出してしまった私は、あれから桜井さんどうしたろう、と思ってネットで消息を調べてみました。

桜井さんは、本当にローマ法皇に会っていました。

私がその話を聞いてから5年後、2011年の震災の年に87歳で亡くなる4年前に、桜井さんは82歳でバチカン市国に行き、ローマ法皇ベネディクト16世に謁見していたのです。

桜井さん。

今ここで、私は初めてあなたのことを書きました。
でも、こんなんじゃきっと足りないですよね。
だから、もう少しだけ待っていただけますか。
私もあなたみたいに有言実行の人になれるよう頑張りますので。

#コラム #佐伯紅緒 #エッセイ #ハンセン病

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佐伯紅緒(作家)

小説家/脚本家/女優。2006年、『エンドレス・ワールド』でデビュー。他に映画『RE:BORN』(脚本)ドラマ『シグナル』『僕の初恋をキミに捧ぐ』等。お問い合わせは株式会社アンドリーム https://www.and-ream.co.jp/ まで。

コメント1件

ありがとうございます。読ませて頂き、もっと頑張って生きなければとの気持ちになりました!!
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