【2000文字小説】子持ちの友人の家に遊びにいく

 さきちゃんはじめまして。と言ったけどさきちゃんは無表情だった。ウーともアーとも言わない。予想と違う。そういえば姪っ子の百花ちゃんは1歳のときに初めて会ったしな。本当の本当の赤ちゃんって初めて見る。百花ちゃんはもう歩いてた頃だったのに、さきちゃんは首も座ってない。

 理恵は肌荒れの目立つ顔に化粧をしていた。ブラウンの、多分パウダーだけで描いている眉毛は先のぼかし方がすごく綺麗。アイメイクはほとんどしていない。「あれまつエクしたんだね」理恵はうん、と笑った。「産んだあとのメイクでさあ、一番時間かかるし失敗できないのがマスカラだったから」

 結構派手だね100本いってる? お店どこ? 理恵が「いや50本、」と答えたときにさきちゃんがぐずりはじめた。ぐずる声はどんどん大きくなって一気に部屋中を満たす。ごめん、とさきちゃんが立ち上がった。わたしもつられて立ち上がるけど、あやしている理恵をじっと見るだけ。あやすの変わろうか、と言おうか迷ったけど、でも、絶対うまく抱っこすらできない。「大変だね」。「まあねー。でも可愛いよ」「うん」

 テーブルには手土産で買ってきたカステラと、理恵がさきちゃんを大泣きさせながら淹れてくれた紅茶のティーカップ。別にそういうのいいよと言ったけど結局リプトンのティーバッグで淹れてくれた。イエローラベルって何味なんだろう。ふと目をやると、理恵は一口も口をつけていなかった。抱っこしていると飲めないんだろうな。

「仕事の復帰とかって考えてるの」さきちゃんの泣き声に負けないように少しだけ大きな声を出す。去年死んだおばあちゃん、入院してるときこれぐらいの声量じゃないと聞き取れなかったな。そんなことをふと思いだす。「うーん。まあ今もう無職だけどね。でも産む前まではまた新しく働こうって考えてたんだよ。たださ、6カ月から切迫で入院だったから、保育園の見学とか結局行けてなくて。11月生まれだったから、ドタバタしてるうちに4月入園の申し込みとか終わってて」「えっ、そんなに長く入院してたっけ?」「そうだよ、つわり終わったと思ったらすぐに入院。」それで結局退職しちゃったよお、と苦笑する理恵に、私はそうなんだ、としか言えなかった。

 なんだろう、なんでだろう。つい2年前まで彼氏のことで愚痴っていた理恵が、全然知らないことを喋っていて、しかもそれが、なんというか、

 すごくつまらない。

 ごめん理恵、と思う。来て早々に「お産痛かった?」って聞いて、すっごい痛かった、しかも血がドバドバ出て700ミリリットル出たらしい、っていうのを聞いて、それでもうなんか私が分かりたいことは終わりだなって感じがした。さきちゃんは首も座ってないし、まだあやしても笑わないし、遊べないからよく分かんない。さっき一瞬抱っこして、すごく重くて、落としたらと思うと怖くて、こんなの全然面白くないなと思った。

 子持ちになった理恵は「女として着実に人生を歩んでます」っていう感じを出している、ように見える。仕事がすっごい楽しくてバンバン稼げるとかじゃない限り、やっぱり女の人が人生歩んでますオーラを出せるのは結婚と出産だ。お母さんからも「いまの彼氏さんと結婚の話とか出ないの」と聞かれている。「ないよ」。

 会話はどんどんなくなって、部屋はどんどんさきちゃんの泣き声だけになっていく。耐えきれずについ「私も結婚したいなあ」と言うと理恵はそうねえと言った。宗治君とそろそろそういう話出てるんじゃないの? いやもう全然。今度私の誕生日あるからなんかないかなって思うけど。でもまあ26だしさ、微妙に結婚とか考えない年齢だよね。まあねえ。する人はするけど。する人はするね。理恵みたいに。うん。でもうちらデキ婚だから。

 帰り道に小腹が空いたので、ついついセブンでから揚げ棒を買って食べる。行儀が悪いなと思いつつ、店の前で立ちながら食べるのが、買い食いを覚えた高校生の頃からやめられない。

 宗治に「きょうお酒のみたいな」とLINEを送ると、すぐに返事が返ってきた。「いいね。お店で飲む? 家で飲む?」「家かな」「どっちの家にしようか」「私のほうでもいい?」「むしろ嬉しい」ふ、と笑みがこぼれる。「駅前で待ってるから一緒にドンキで買お」そこまで送信すると、から揚げ棒をゴミ箱に捨てる。それからスマホを鞄にしまい、駅まで歩き出した。

 しばらく歩いてから、そういえば職場の先輩がもうすぐ転勤になるから、送迎会を開くんだったなと思い出す。別に幹事じゃないけど、プレゼントとか花束とかってどうなってるのか確認してみようかな。また次のプロジェクトが始まるだろうから、そのサポートの準備をそろそろ始めないといけない。週明けは忙しくなりそう。

 やっぱり、今子持ちになれと言われても困る。仕事をどんなに続けたくても、理恵みたいに4カ月ずっと入院になったらやっぱり辞めないといけなくなる。思い切ったことをやりたくなってもできないだろうし。例えば、なんだろう。転職とか、いきなり海外旅行とか。金曜日の夜にふと一人でバーに行ってお酒を飲むこともできなくなるだろうし。自分の人生が、自分以外の人にすごく左右されちゃうなんて、嫌だなと思う。

 理恵はすごく幸せそうでよかった。でも、だから言えなかった。私は、本当は、「ご愁傷さま」って思った。「残念だったね」って言いそうになった。「また働けるといいね」って。

 でも、言わなかった。理恵のことが好きだし、それから、結婚できない女の負け惜しみみたいに思われたくないから。

 駅に着いたらカフェで熱いコーヒーを飲もう。それでインスタでも見ながら宗治を待つ。私はこういう生活がすごく好きだ。本当に。

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生きづらさの2000文字小説

生きづらい人たちの生活を書いてる2000文字小説です。介護とか、仕事のこととか、結婚しないの? って親から言われるとか、お金が稼げないとか、そういう感じです。
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