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非常勤講師(若手女性研究者)の本音と現実。


ライフワークバランス

一般的には「ワークライフバランス」というらしいが、私は「ライフワークバランス」という方が好きである。私にとって仕事(研究+教育)はライフワークであると思っているし、ライフはワークを含有する概念だと思っているので、なんとなく、こっちの方がしっくりくる。決してライフを「家庭」という個人的空間に限定して、そっちを優先しようという意図ではないことを最初に書いておく。

Twitterでこのような投稿を見た。

正社員の女性は、4割程が育児休業を取ってる一方で、派遣・パートの場合はその10分の1の取得率。派遣やパートでは、妊娠出産したら、休んでその後同じ仕事に戻るというシナリオがほぼ不可能だと言って間違いないだろう。

働きながら子育て、って今はとても贅沢なことの一つで、限られた家庭環境・会社環境にいる人しか実現できない特権になっている、ということを前回のエントリーで書いた。(https://note.mu/saereal/n/n6dc9ec033939)

国土交通省によれば、働く女性のうち半分からそれ以上の女性は、派遣やパートなどの非正規雇用で就業している。産休制度などが議論されるときはどうしても焦点が正社員の待遇になってくるが、実際問題は半数かそれ以上の働く女性が「産休制度」自体と無縁の就業状況にいる。

私は私は今学術振興会の研究員という立場で境遇的にはフルタイムの仕事をしながら、非常勤講師として2つの大学で授業を行っている。ポスドク研究員+非常勤という立場は、おそらく研究者・大学教員を目指す人間が通る道の一つであり、博士号取得後すぐにポスドクを得て、自分の専門に合った非常勤の職を得ることが出来た私はきわめて幸運に恵まれていたと思う。世の中には様々な就業状態がある中で、私のような仕事に就く人間が、妊娠や出産でどのような壁にぶつかるのか。今回はそれについて私の状況を元に書いてみようと思う。

大学の非常勤講師とは?

派遣と大学の非常勤は似ている点がある。契約は更新時にいつでも切れるし、いつまででもできる保障は一切ない。ただし、契約(学期)の途中で急にいなくなられると、その穴埋めをしなければいけない正社員であるところの常勤教員が困るし、すぐに新しい非常勤の先生を探すのは難しい(通常、大学教員の公募は、半年から1年前に行う)。専門職であるからこそ、非常勤とはいえ簡単に替えのきかないポジションであるのだ。かつ、採用には様々な段取りが必要なので、おそらく国公立など事務手続きの煩雑な大学ほど、柔軟な対応が難しくなると思われる。

私の予定日は2月中旬(予定帝王切開なので(早産にならなければ)日程はほぼ確定)で、非常勤先A大学は1月の終わりで授業が終わるため、おそらく最後まで授業ができる、と見込んだ。一方、非常勤先B大学は、2月第三週まで授業があり、入院の時期とかぶってしまうので、どうしても休まざるを得ない期間がでてくる。

B大学では英語のクラスを4つ担当しており、30−40人近くいるクラスを2つに分け、常勤のパートナー先生(3名)と半分ずつ授業を担当している。私は安定期に入る少し前の時点で、B大学の常勤の先生のなかでも責任ある立場の女性の先生に、妊娠したこと、2月20日近くある授業のうち最後のいくつかはお休みさせていただかなければならなくなってしまうことをお伝えした。

その際に言われたのは、パートナー先生のうち女性の先生はおそらく代講を行ってくれるが、2つのクラスをシェアしている男性の先生は科研の出張などで2月は大学にいないため、休講にする分を、11月12月くらいの早い段階で、補講をしてもらうことになる、ということだった。

この「補講」というのが思っていたよりもくせ者だった。

朝6時におきて6時半に家をでて、朝8時半から授業。途中で3時間くらい休みを挟んで夜6時まで授業。90分×4コマ。帰ってきたらもう8時である。実に14時間労働。妊婦になったら、この14時間労働というのが想像以上にきついのだ(*1)

しかもB大学は、もより駅からバスが1時間に2本しかない辺鄙なところにあり、往復で3時間通勤にかかる(もちろん半分以上は座れない)。学生が可愛いからまあ頑張れるけど、学生自身も訓練やきつい集団生活のせいでちょっと7分間のリーディングをやったりすると寝る(というより文字通り「落ちる」)ので、スピード感のある授業をやらなくてはならない。

常勤の先生方は、本当に優しく気を使ってくださる。できるだけ暖かくとか、疲れないように自衛手段をしっかりしてください、とか言ってくれる。勿論それは好意からで、その気持ちはありがたく思う。しかし、真冬でも午後5時を超えると自動で暖房が消える大学とか(授業は6時まである)、通勤ラッシュの往復三時間とか、もう自分の工夫ではどうしようもない環境なので、唯一の自衛はその状況を「避ける」しかないのだ。

(注:ちなみに「ラッシュを避ける」というよくある提案は非現実的だ。授業時間帯を動かすのは難しい上に、朝9時台までと夕方6時以降に首都圏を走る電車は基本通勤ラッシュ状態であり、長距離を走る電車であればあるほど座って帰れる可能性は著しく低い)。

(*1)質問があったので補足。B大学は一般的な大学と学期暦が異なり、また一週間の時間割もかなり流動的なので、普段の日程だと学振研究員規定のコマ数以内でクリアしている。ただ補講をすると、先の予定を前倒しで行わなければいけないため、一日に多くの授業時間が固まってしまう。私の場合、2月を完全にお休みにするための補講を11月の終わりから12月の冬休み前までにしている状態です。

非常勤が休むと常勤の先生に負担がかかる。常勤の先生への見返りは、ない。

妊娠8ヶ月でいくつか補講をやって、そのしんどさで何度か家で弱音を吐いた。この間、朝おなかがひどく張って気分も悪く、非常勤を始めて初めて、急な休講にさせてもらった日があった。するとその日のうちに、パートナーの常勤先生から「今日の分の補講の予定はこれでよいか?(来週以降の4コマ連続補講)」という事務メールが来た。

できれば代講をお願いしたいけど、言い出せない雰囲気。何故か。非常勤の産休問題は、非常勤が休んで常勤の先生に代講を頼んでも、常勤の先生には何の見返りもなく、負担が倍に増えるだけであること。私が貰っている1コマ分のお給料が、多少なりとも常勤の先生にいけばいいのだけど、そういうシステムはない。

それに加えて、決められた回数の授業の実施と成績付けをしなければならない中で、学期途中で教員が変わるのはマネジメント的にも大変面倒だし、教育的にも好ましくない。

ここには、私の自意識も大きく関わっている。実際、仕事は「結局自分の代わりなんていくらでもいる」って割り切ってしまうこともできるからだ。例え常勤の先生に嫌われても、迷惑をかけても、菓子折りでも持って平身低頭して代講をお願いすることは現実的に不可能ではない。でもやりたくないと思ってしまうのは、相手への迷惑などと同じくらいに、自分の担当クラスに対する思い込みに近い責任感があるからだ。自分自身で「ここには自分しかいない」とか「自分が責任を持って」とか思い込んでしまい、それが言ってみればモチーベーションになって、無理をしてでも行きたい、という気持ちにもなっている。

ということで、冬休みに入るまで、私はあとこの14時間勤務という補講日を2つこなさなければならない。出産二週間前までも、ちゃんと授業を行う予定。今はもう、「頑張る」としか言えないし、様子を見ながらできるだけのことはしようと思う。でも、これだけ研究者として、非常勤講師として恵まれた職を得ていると自覚している私でもいろんな問題を抱えている。世の中の非常勤や派遣の女性たちは、また私とは異なった形で、いろんな困難に直面しているんじゃないだろうか。

ここに書いたのは、私のほんの一例。是非もっと多様な女性のケースや例が多くの人に理解されるといいなと思う。


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