保活のおわり

2月16日、保育園、第一希望の認可園に、兄弟揃って内定しました。

これは妊娠中からの、3年にわたる保活が終わり、認可保育園の内定通知を受け取った、上の息子の2歳の誕生日の深夜に書いています(それゆえとてもセンチメンタルです)。

保育園コミュニティのアンケート結果を見ている限り、私の地区(大田区の中でも激戦地域)で、私が希望を出した上位5つの認可園では、0歳児・1歳児クラスだと両親フルタイム(22点)だけでは入れず、24点あっても入れない園が3つある。それはつまり、一人っ子(もしくは兄弟姉妹が保育園児ではない)場合は認可に入れないという事で、去年よりも少し厳しくなっている印象だ。

申し込みする人は、去年の点数開示や保育園コミュニティのアンケート結果とにらめっこして、現実的な条件も含め散々迷って希望を出したはずだが、そもそも両親フルタイムでも認可に入るのが難しいのであれば、非常勤やパートで働いている人には、認可保育園に入るなんて夢のまた夢だろう。

人は言う。

でも人は、それぞれいろんな事情があり(そもそも持ち家だったら簡単に引っ越せないし、親二人の勤める場所によって住む場所にだって現実的な様々な制約がある)、いろんな地域や人々や会社とのつながりのなかで生きている。そして保育園に入るのがしんどいのは、ほんの一部の都心だけの話でもない。

二人とも早生まれの我が家は、もう出発時点で不利だった。二年間、電車に乗って定期利用保育に通った。それでも唯一の選択肢だった今の保育園が、偶然にもとても良い園で、毎日楽しんで通うことができたことは、親子ともにとても幸運なことだった。

今10ヶ月の下の子は、今の保育園のことはきっと全然覚えていないだろう。
新しい園にいっても、まるでいつもここにいたかのような顔をしてニコニコするだろう。

ちょうど2歳になった上の子は、新しい園で最初は少し泣くかもしれないけど、多分持ち前の適応能力で、すぐ新しい園になじむと思う。全員覚えている先生の名前も、お友達の名前も、どんどん新しいものに変わって行くんだろうと思う。

でも私はずーっと覚えている。

ひよこ組(0歳児クラス)で圧倒的に一番月齢の若い下の子が、クラスのみんなに可愛がってもらっていたこと。半年くらい年上の男の子が、下の子のことを大好きで、いつもそばにいて抱きついたり一緒におもちゃで遊んでくれていたこと。朝連れていくと一目散に飛んで来て、抱っこしたりほっぺたを手で挟んだりしてくれたこと。帰るときには必ず保育士さんに抱っこされて、下の子が見向きもしなくても、母親の私にまでバイバイ、と言って手を振ってくれたこと。

下の子は誰に構われても、ニコニコと笑う愛想の良い子で、先生や子どもたちにマスコットのように可愛がられていた。一番小さいのに体は一番大きくて、いつも親方のようにどしん、と座り、担任の先生には「りーさん」と呼ばれていた。9ヶ月で立てるようになり、10ヶ月の終わりにはもう安定して歩き回っていた。心臓の大きな手術をして保育園をまるまる2ヶ月くらい休んで入院していたけれど(心臓血管外科手術のこと)、それ以外はほとんど病気もせず、流行病も貰わず、元気に保育園に通うことができた。

りす組(1歳児クラス)さんの中でも一番小さかった上の子。

何ヶ月か年上の女の子に好かれているらしく、積極的に手を引かれて洗面台に向かうときなども、どうしていいかわからず呆然とした顔をしていた。去年までひよこ組で一緒だった女の子(4月生まれなので、一個上のクラスに入っていた)のことが好きだったらしく、家ではじめて名前を言ったのはその女の子。「○○ちゃん、好きっ」「○○ちゃん、可愛い」と言ってはくねくね恥ずかしそうにしていたこと。今の保育園で一番在籍が長く、生後2ヶ月から長い間面倒を見てもらった。

先生と私の交換日記のような保育園ノートは、もう二人合わせて10冊近くなった。

私にとっては、母子手帳よりも大事で、火事のときに持ち出す緊急バッグに入っている。

大好きだった保育園にもあと1ヶ月ちょっと。

最後まで楽しく通ってほしい。

今の保育園に通えてよかった。

ありがとう、先生たち。

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saereal

ライフとワークに関する徒然ノート

働く女性研究者が妊娠・出産・子育てと仕事について考えていることを書いています。
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