子育て中の「詰み」方と育児世界に存在する不思議な人びとについて

私のキャパを100としたら、自分の仕事+小さな子どもの面倒を見る+最低限の家事という3つだけで、すでに90くらいが埋まっている。これに「子どもに気掛かりな症状」+「私が風邪気味」・「私が貧血」などが加わることで完全に、「詰む」のである。

毎月どころか、毎週くらいのペースで、なんらかの気がかりな症状がでてくる。
軽い結膜炎、軽い風邪、鼻づまりからくる耳のじゅくじゅく。
予防接種の後の熱や便秘。
白くてふわふわのおなか、せなかの軽いあせもから始まり、どんどん太ってそこら中が肉に埋もれるようになってからひどくなった局部的な肌荒れ。

予防接種もふくめ、子どもが産まれてきてからは毎週どこかしら病院に行っている気がする。うちの子どもは、生まれつきちょっとした持病があって大きな病院にも毎月検査に行っているので、平日休まない日は、今のところほとんどない。私は比較的時間に自由の効く職業だけど、一般企業で毎日出社時刻が決まっているような人は、①よっぽど子どもが丈夫、②会社に理解がある、③実家力か旦那の自営力、④①から③のの複合力、がないかぎり、子育て自体が難しいのでは?と思ってしまう。

私は早稲田の100キロハイクも4年間歩いたし、55ヶ国を30キロくらい背負ってバックパッカーしてたし、決して体力がないほうではないと思っていた。寝不足でも割と頑張れる(「忙しい自分」という状況が燃料になる)タイプだったのだ。

でも、今一番欲しいのは体力。風邪ひかない、寝不足でもハイパフォーマンス、7キロ抱っこし続けてもしびれない、肩こらない、そんな身体。時間は誰にでも有限だし、要領で解決できる問題はある程度もうしてるので、あとは体力勝負である。

もうひとつ子育てしていて急に出会うようになったのは、育児界隈に出現する不思議な言説とそれを声高に主張する不思議な人々である。

ひとつめは、個人的経験絶対主義者
「自分がこうだったから、こうするのが正しい(もしくは間違っている)」と言うように、自分の経験上で得た知識や体験談を話し、その実行を積極的にすすめてくる人。

ふたつめは、連帯不幸推進派(英語で"Let's be unhappy together" symptomと呼んでいる)
「私は苦労したのに、最近の人が(もしくは異なった環境にいる人が)その苦労をしないのは甘えだ」といって便利グッズや子育てに配慮した施設・サービスなどを贅沢品としたり、何故か苦労度と子どもへの愛が比例するかのようなロジックで、苦労を正当化する人。

ほかにも、「ベビーカーを使わず抱っこ紐でいつも抱っこしていたから、大きくなっても親子の仲が良い」とか、育児のことになると急激にリテラシーが下がる人が多いのもこの世界の特徴。不思議な因果関係を何故か盲目的に信じることができるのも、子育ての一つのマジックなのかもしれない。

人の経験って、ひとつの参考にはなることもあるけれど(全くならないときもある)、答えにはならないんだよね(たまたま答えが同じことはある)。これら個人的経験絶対主義者や連帯不幸推進派の繰り出す罵倒の言葉にめぐりあってしまうことが生活のなかで多々あって、私はその度に、「みんなそれぞれで、みんな違っていいじゃないか」と思っている。


そんなこんなで、2月に産まれた小さな子はいつのまにか四ヶ月になり、子音を少し話すようになりました。

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saereal

ライフとワークに関する徒然ノート

働く女性研究者が妊娠・出産・子育てと仕事について考えていることを書いています。

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