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飛びたいペンギンと夢のない少女が一緒に空を目指す話(の芽)

ペンギンは、夢を見た。遥か高い場所にあるすかんと抜けた青空を、まっすぐ泳ぎきる夢を。あの青は、海より冷たいか。あの白は、雪よりかたいのか。

彼の夢を前に、ほとんどの人がまず驚いて、そこから口をきゅっとつぐんで無理に微笑んでみせた。瞳の中に言葉にならない慰みを混ぜてまっすぐ投げつけてくる者、本気に捉えず笑い出す者。そしてそれらを諌める人もまた、その眼差しに隠しきれていない本音を浮かべている。

どの反応も、彼はその黒い目でまっすぐ見つめて受け止めた。

伝えておかねばならないことは、皆が思うほど、彼は無知ではなかったことだ。空を泳ぐのは、冬に好物のイワシを捕まえて食べるよりも難しく、カモメから卵を守り抜くよりも命がけで、ほとんどのペンギンがそうであるように夢を見ないことのほうが幸せだと、彼はとっくに知っていた。それでも彼は、夢を見た。夏空のど真ん中、雲にまみれて泳ぎきる夢を。

ツツジもすっかり姿を消した、梅雨の半ば。雨は長い線を残しながら地面へと一直線に落ちてくる。雨粒は昼をすぎるとますます大きく膨らみ、濡れた街が白く霞みだす。雨粒が窓枠にぶつかって室内へと入って、制服のスカートに黒い点を作るのをミカは迷惑そうに見届けてから、人差し指いっぽんで器用に窓を閉めた。鍵をしめるのと同時に、図書室は急に息をとめた。カチ、カチ、カチ。響く秒針の音。廊下の向こうのどこかのクラスがどっと笑う声がする。

高校なんて、つまらない。ミカは思う。

同じ制服をきて、スカートだけは3回折って、先生が来れば急いで丈を長くする。小さな世界で同じ人たちと毎日顔を合わせ、つまらない授業を聞く。古文、現代文、数学、世界史、英語…。「いつか、大人になった時に役に立つ」と先生は言うが、自分にその「いつか」が来るとは到底思えない。だいたい、そう言う田崎先生(クラスの担任の名前だ。ひょろ長い身体をしていて、顔が青白い)も、古文や漢文が役に立っている様子はない。学校に行けと口うるさいお父さんも、高校のころは授業を真面目に受けていたのだろうか。もしあんな大人にしかなれないのだとしたら、学校に意味なんてあるのだろうか……。

そこまで考えたところで、ミカは視界の端に動く影を見た。ゴトと何かを打ち付けるような鈍い音が、図書室の入り口のほうから聞こえる。追いかけてきた先生や、ユミやカナコに見つからないよう、鍵をかけたはずなのに。ゴト、ポト、トコ。鈍い音だと思ったが、何かを落とすような音にも聞こえる。あるいは、何かを軽く叩くような…。

音は畳み掛けるように鳴ったり、突如止まったりもした。

窓際で息を殺して目をこらしていたミカはいよいよ立ち上がり、スカートのプリーツを丁寧に整えてから音のする方へと近づいた。ト、トト、トトトト、ト。音が止まったのとミカがその音の正体を突き止めたのは、同時だった。音の正体は息をひそめ、ミカもまた、同じように息をひそめる。驚くよりも前に、ミカは首をひねった。そこにいたのは、濡れて光る一羽のペンギンだったから。

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と、いう「空飛ぶペンギン」という物語の芽を思いついたので、すこし書いて、ここに置いておきます。空を飛ぶことに憧れるペンギンは、何においても楽観的で、喋りはしないのにとても人間臭い。そんな彼と出会ったのは、高校生の”ミカ”。彼女は、日々に退屈し、自分を持て余している。それなのにその気持ちをどう発散すればいいのかもわからず、どうせ、どうせと思いながら今を暮らし、でもどこかで夢を見ることに憧れている。そんな一人と一羽のお話をいつか書けたらいいなぁと思っています。


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