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父の額の、郵便マーク

父の誕生日プレゼントに買ったシャツは、かなり可愛い。かなり可愛いから、選んだあとで心配になった。一見水玉柄に見えるがよく見れば「魚柄」になっているという遊び心が散りばめられたシャツだったが、「わたしの父」と「遊び心」というのは、少なくともブラジルと日本くらいかけ離れている。やはり無難なチェックにすべきだったのではと逡巡するわたしをよそに、手際よくラッピングされたシャツは大きな袋に入れられて「ありがとうございました」と手渡された。

往生際の悪いわたしは、それを手にしたあともぐずぐずと考え続ける。そうして実際よりも重く感じる大きな紙袋とスーツケースの二つを携えて品川に向かうその間ずっと考えていたのは、幼い頃の父のことだった。


わたしの父は、全然笑わなかった。「笑み」ならよく浮かべていたが、「笑っている」という姿はほとんど見なかった。

覚えていることがある。
テレビでお笑い芸人が一発芸を披露して、わたしと母は文字通り笑い転げていた。わたしに至っては、立っていられないほどに大笑いして床にほぼ四つん這いになっていたし、母は今と同じく緩い涙腺のせいで笑いながら涙を拭いていた。その横で、父は郵便マークを額に浮かべ−父の額に浮かぶ二本のシワと、眉間に入る縦のシワは、あのマークそっくりなのだ− 、腕を組んで、口をへの字に曲げていた。
父は、これでも笑わないんだ。視界の隅で会議でも聞いているような顔で腕組みしている姿を捉えてそう思った矢先、「なかなかおもしろい」と父がつぶやいて、わたしと母はまた笑った。やだおとうさん、おもしろかったの? ぜんぜん伝わってこないよ。父は、その間も「ふん」と鼻で笑った程度だった。

父の性格は、真面目の三文字でだいたい説明がつく。酒もタバコもギャンブルもせず、綺麗好きで計画好き。幼い頃の旅行では、父が旅程のタイムテーブルを作っていたこともあったと聞く。わたしが大人になるまで冗談も嫌味も通じなかった父だったが、それらはどうやら「仕事」が多いに関係していたようで、最近ようやく笑うようになった。声を立てて笑うとき、いまだに新鮮な気持ちで見つめてしまう。


「何歳くらいの方が、ここのシャツを買われることが多いですか?」

父が恥をかかぬよう、購入時に店員さんに聞くと、「かなりご年配の方が多いですよ。60歳、70歳とか」と返答がある。父はいつのまにか”かなりご年配”に属していた。

「お父様へのプレゼント、ですか。これとかいかがでしょう? 人気ですよ」

目の前に出てくる、紫色のストライプが入った半袖のシャツには錨マークがあしらわれていて、いかにも「元気なおじいさん」が着ていそうなかんじ。「こちらはいかがですか」と淡い緑のチェック柄。これもいかにも「現役で働いている偉いおじいさん」が着ていそうな。店員さんの言葉を遮って、わたしがかわいいと思ったシャツを広げると、今度は明るすぎた。「そちらですか、かなり……元気なイメージになりますよ」と、やんわり制される。ジジくさいと思うくらいがちょうどいいのか、それとも今も着ていそうな地味なものがいいのか、はたまた着たことがなさそうな若々しいものがいいのか。

結局、遊び心のあるシャツを選んだのは、「プレゼントなら、自分じゃ買わないようなもののほうがいいよ」とよく夫が言っている言葉を思い出したからだ。せっかくだもの。と、お金を出したときは思ったはずだった。……でも。父は、本当に着てくれるのだろうか?

券売機から新山口行きの切符を引き抜く頃、「父に誕生日プレゼントを買うのは久しぶりのことだ」と気づいた。ここ数年、自分で選んだものをあげたことがない。もしかすると大人になってからあげる、はじめての(自分で選ぶ)誕生日プレゼントだったのかもしれなかった。それに気づくと、大きい紙袋が、ますます重くなった気がした。


品川から新山口までは4時間半ほどかかる。
その間、何度かシャツのことを思い出し、何度か「間違えたかな」と「大丈夫よね」を繰り返したが、
結局、わたしの心配など一瞬で消えるくらいに、父はあっさり喜んだ。


古くなった実家のリビングで、父は立ったまま包みを大雑把に開けた。ソファの背に、ゴールドのラッピングリボンがたらりと垂れる。


「シャツか!ありがとう」
「よく見て、それ。実は魚柄なの」

メガネを外し、シャツを近づけ驚く父に、聞く。

「着れる?」

父は笑った。「わほほ」と笑った。

「そりゃ着れる。犬柄だって、ミッキー柄だって、お父さんは着れるぞ」

冗談まで言った。

「ちょっと、写真撮ってくれ」。嬉しそうに身体に当て、母が写真を撮った。シャツに泳ぐたくさんの魚が、父をさらに笑わせてくれるといい。「わほほ」。額に郵便マークを残したままの父の笑いが、妙に耳に残った。



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