日記(24.04.19)

おつかれさまです。
名前を持たない私です。

 今週一週間過ごしてわかりました。
 身体が過眠期に入ったみたいです。
 九時間~十二時間寝ても尚眠り足りないと訴える身体。
 おかげで手帳活という名の朝活も夜にお引越し。もちろんnoteを書く時間も、通所終わりの午後のひとときや夜に、ぽこぽこ打っています。

 言葉を添えて過ごす日常が好きなのでとても落ち着くものです。
 今週は買いたい新刊があったので梅田の本屋さんまで行きました。近くの本屋さんには置いておらず、お取り寄せもできましたが、すこしでもはやく読みたくて電車に乗りました。無事に新刊も買えて、ほかの本にも目移りして、ついつい手を伸ばし、会計にもっていけば諭吉が羽ばたいていきました。先週も本屋で諭吉と樋口さんが羽ばたいていったので、まことに不思議ですね。
 私は本屋さんのなかをぐるぐると見て回るのが好きなのですが、そうして眺めていると、速読系の本が大きく陳列されていて、すこしだけげんなりしてしまいました。私は本が好きです。活字が好きです。私が孤独だったときに、寄り添ってくれたのは本の世界でした。自分のペースで読み進めることができて、途中から読むのを再開しても数ページ前から読むことができる、最後まで読んだ後も、あそこの伏線がこうなっていたのかと、そこまで遡って読み、またうっとりすることができる。
 ――自分の裁量(ペース)で決められる。それが私はうれしいのです。大人になってからの勉強が楽しい、そんな一人です。学生のころは勉強は苦手でした。苦手、というよりも嫌いに近かったかもしれません。他人と競い合うことが苦手でした。優劣をつけることが、つけあうことが苦手でした。まあ、これに関しては新入社員時代も同期のなかで比較という名の優劣をつけられてとても心苦しい思いをしました。
 休職中、おっかなびっくりと始めた勉強は楽しいものでした。それは読書にも通じているなあと気づきました。
 だからこそです。速読、はできたほうが便利ではあるだろうけれど、まずは自分のペースで読書というペダルを漕いでいけばいいのです。最初はゆっくりでいい。ぎこちなくでも、ゆっくり、丁寧に、漕いでいけば、慣れてくれば自ずと早くなります。自分の感覚に馴染ませてあげることが大切です。
インプットはもちろん大事です。けれど、書店に並ぶ速読本は、なんだかまるで「早食いしなさい」と言っているような気もするのです。よく噛むことも大切です。インプット量も大事だけれど、どこまでを自分の糧とできるのかだって大切なのではないでしょうか。アウトプットを見越してインプットをするのではなく、言葉を馴染ませながら読むのも、きっと必要なことなのだろうと考えます。

 そんなことを思う金曜日でした。
 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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