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単発小説

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パッと思いついた読み切り短編たち。 ヘッダー画像:https://pixabay.com/
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【小説】その感情をまだ誰も知らない

【小説】その感情をまだ誰も知らない

 真っ白な陽気が、彼の黒いスーツを熱していた。キャンパスへ続く道の両脇には木々が整然と立ち並ぶ。その影に入ればいいものを、彼はわざわざ日差しが照り付けるベンチに座っていた。
 暑さに悶え苦しんででも、木に近付くのは避けたかった。この大学に来る“連中”は、学生たちに似て口やかましい。人の気配が無くなった途端、近付いてきてちょっかいを出してくる。
 バサバサと大袈裟な羽音が聞こえると、彼はその方向に対

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【小説】パセリ

【小説】パセリ

 雨が止んだのは、午後三時。空は先程までの淀んだ灰色の雲底から一転して、洗われたように清々しかった。夜までに水溜まりがなくなってくれたらいいのに。せっかく新調した靴が、店に着くまでに汚れてしまっては格好がつかない。服はあまり心配いらないけれど、ストッキングは水が跳ねて汚れそうだ。

 心配事はそれだけではない。今日出かけるレストランは、彼がセッティングしてくれた高級イタリアンで、テレビで時たま紹介

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