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【小説】シェッズ先生の真摯なクリスマス




 窓から、下に広がる大通りに目をやれば、二人連れがいつもより多く行き交っている。どの二人組も互いの距離が近く、仲睦まじい様子が遠くからでも見て取れた。雪が降っていればよりロマンチックだったのだろうが、雲はどんよりと立ち込めるのみである。それでも人々の発する空気が、クリスマスという日の明るさを維持していた。

 そんな世間の空気に対して、この部屋は外の空のように冷めた雰囲気を漂わせていた。コンクリートがむき出しの壁に、暖炉が備え付けられている。以前この部屋にいた人が付けた物らしく、取り外しも出来ないので仕方なく使っている。本当はストーブを使いたいのだが、部屋の主がそれを許さない。というよりは、ストーブにお金を使いたくない、と言う方が正しい。部屋の中央にはテーブルと、それを挟んで一つずつ、二人掛けのソファがある。そこに座って、テーブルに並べたストーブのカタログを睨んでいた助手の田中は、ふと窓際の書斎机に視線を向ける。この部屋、探偵事務所の主であり探偵のシェッズが、黒い革張りの椅子に座り、神妙な面持ちで同じカタログを読んでいた。

「先生。紅茶のカタログばかり見てないで、ちゃんと考えてくださいよ」

 田中がそう言うと、シェッズは冊子を机に落とした。その手には、紅茶のカタログが残されている。彼はパンを買うお金に困った時でさえ紅茶を切らさなかったという逸話を持つほどの紅茶好きであった。

「そうは言ってもねぇ、ワトソン君。僕の稼ぎでこれは無理だよ」
「紅茶のランクを二つ下げれば十分買えますよ。それと、僕の名前は田中です」
「それはなおさら無理だね」

 シェッズに即答され、田中は頭を抱える。暖炉に使う薪の方が、正直に言って高く付く。暖炉と言っても、部屋全体を暖めるのは難しい。ましてや壁はコンクリートの打ち放し。部屋の空気を冷ます大きな要因になっていた。

「クリスマスにこんな事で悩まなきゃならないなんて……」
「君、彼女がいるのかい?」
「別にそういうわけじゃないですけど、クリスマスにまで男二人でこんなところに詰めてるなんて、寂しいじゃないですか」
「それは同感だ」
「ですよねぇ。あ、そういえば、先生って彼女とかいるんですか?」
「いると思うかい?」
「いないんですね」

 図星を言い当てられたようで、シェッズは黙り込み、体を捻って窓の方に椅子を向けた。外は相変わらず曇天である。

 すると突然、ドアを叩く音が響いた。こんなめでたい日に人が来るとは。そう思いながら田中は席を立つ。ドアを開けて客であることを確かめ、火の灯る寒々とした部屋へ依頼人を引き入れた。人の思いが行き交う日だからこそ、困り事も起きるのだろう。それを知ってか知らずか、部屋の方へ向き直って依頼人を迎えるシェッズは、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。



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