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【小説】シェッズ先生の紳士なティータイム




 とある昼下がり。洒落た通りの一角に佇む、落ち着いた雰囲気の喫茶店。そのテラス席で男性が二人、資料をテーブルに置いて話し合っていた。

「シェッズ先生。いい加減紅茶飲むのやめて、この人のところへ行きましょう」
「君は、私が紅茶を飲む以外に何もしていないと思うのかね?」
「はい」

 白いワイシャツに茶色のスラックスという、見た目の若さにあまりそぐわない地味な格好の青年がきっぱりと言い放つ。少し丈の長い、黒の上品なスーツに身を包んだ、シェッズと呼ばれた男は持っていた紅茶のカップをテーブルに置き、空いた手を資料に滑らせた。

「君はこの資料を見てどう思った?」
「どうって、思っていたより、パッとしない人だなぁ、と」
「それだけかね?」
「はい」

 青年の回答に、シェッズはにやりと笑った。紅茶を一口啜り、資料を手に取って読み返す。依頼人の友人だという男を調べた結果として、青年が彼に提出したその書類には、あらゆる会社で一度は読まれているだろうと思うほどにありふれたプロフィールが書かれていた。住所は平均所得者が多い住宅街。学歴は全てが中の中に当たる学校の名で、優秀な成績を修めたわけでもない。現在の職は中小企業の社員。苦労して調べた割には、当たり障りのない結果だったと、青年ががっかりしていたほどだ。

「確かに、これといった特徴は見受けられない。言ってしまえばどこにでもいるような人間だ。だからこそ、何かある」

 シェッズは気付いていた。青年はある点を見逃している。今回の一件にとって重要な、しかし日常においては気にも留めない一つの点を。良い助手を持ったと彼は感謝していた。優秀ではあるが、大事な点を一つ、自分が探偵の仕事を行うに一番相応しい一点を必ず残してくれる。この絶妙なバランスは、青年に与えられた素晴らしい恩恵なのだろうか。青年は何が何だかわからないといった顔でこちらを見ている。今に彼は言うだろう。仕事を始めるに相応しいきっかけとなる言葉を。

「何か、というのは?」
「それをこれから確かめるのだよ、ワトソン君」
「先生。僕、田中です」



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