見出し画像

【小説】シェッズ先生の心思なヒステリック




「先生。こっち向いてください」
「嫌だ」

 シェッズは黒い革張りの椅子に膝を抱えるように座り、椅子を回転させて田中に背を向けていた。背もたれにシェッズの姿が隠れ、田中からはその様子がうかがえない。
 机に寄りかかるように手を付いて、田中は大きくため息を吐いた。
 事の発端は、数日前に解決した事件にある。解決後、シェッズが紅茶好きだと聞いた依頼人が、お礼として高級茶葉を送ってきた。受け取ったシェッズは今までに見たことが無いほどに破顔し、普段なら一週間と経たずに消費してしまう量を一ヶ月も掛けてじっくりと楽しんだ。
 そこまでは良かった。問題はその後である。空になった茶葉の袋を、田中がごみとして捨ててしまったのだ。大事にとっておこうとした物を捨てられたことに気付いたシェッズは、それはもうかんかんに怒って怒鳴り散らした。田中もこんなに怒る彼を見たのは初めてであった。そして落ち着くと、今度は拗ねてそっぽを向かれ、今に至る。
 このままでは埒が明かないと、田中は椅子の背もたれに手を掛けて無理やり回し、シェッズと対面する。その顔は子どものようなふくれっ面で、思わず笑いそうになるのを堪えた。

「確かに、なかなか手に入らないっていう貴重な茶葉の袋ですから、とっておきたいっていう先生の気持ちを察しなかった僕が悪いです。だから機嫌直してくださいよ」
「君はそれだけで僕が怒ってると思ってるのかい?」
「他に何か、あるんですか?」

 田中の言葉を聞いた途端、シェッズは顔を上げてまくし立てる。

「あるよ! 袋に残った茶葉の匂いであと何日楽しめたか!」
「そんな匂い、すぐに消えちゃうでしょう!」
「一日でも長く楽しみたいと思うのは当然のことだろう!」

 呆れる田中に何を言っても伝わらないと思ったのか、シェッズは再び顔を膝の上に乗せて椅子を回した。

「今日はもう仕事しないからね。誰が来ようと絶対に依頼は受けないからね」
「そんなこと言わないでくださいよ」

 田中は再び椅子を回す。しかしシェッズもすぐに椅子を回して背を向けた。
 この調子では、今日の仕事は無理だろう。仕事といっても、最近は依頼に訪れる人も無く、暇を持て余していたところだ。今日も誰も来なければ問題は無い。いつも通りに行けば、何事も無く一日は終わるだろう。
 ソファに腰掛けたその時、ドアをノックする音が響いて田中は驚き、立ち上がる。しかしシェッズは未だ背を向けたまま。外には依頼人が待っている。双方を交互に見ながら、田中は頭を抱えた。



ヘッダー画像:https://pixabay.com/

サポートいただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。