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京都市の姉妹都市から繋がって(ル・プチメック コラム)

この記事は2018年10月1日にル・プチメック コラムに寄稿した記事の全文転載です。

2018年も残すところあと数ヶ月。酷暑と言われる中、自然災害に振り回された夏も終わり、すでに肌寒い日が訪れて始めている。

今年(2018年)は京都市とパリ市が友情盟約を結んで60周年。節目だからと言って民間レベルでの交流が盛んになるには時勢が大きく影響していると思うが、僕の周りだと毎年10月に開催されているイベント「ニュイ・ブランシュKYOTO」が例年よりも少し露出しているような気がする程度だろうか。その一つ、京都市役所の近くで錫や銀などの金属工芸を扱う清課堂が主催する「シャンパンクーラー展(10月5日から14日まで)」では僕も裏方として関わっている。

京都市はパリ市(フランス) 、ボストン市(アメリカ)、ケルン市(ドイツ) 、フィレンツェ市(イタリア) 、キエフ市(ウクライナ) 、西安市(中国)、グアダラハラ市(メキシコ)、ザグレブ市(クロアチア)、プラハ市(チェコ) の9つの都市と姉妹都市関係をむすんでいる。

以前、このコラムでテキーラの話を書かせていただいた。姉妹都市の一つ「グアダラハラ市(メキシコ)」が属するハリスコ州には「テキーラ」と呼ばれる町もあって、グアダラハラ市も含めた周辺はテキーラの有数な産地となっている。

今から8年ほど前、2010年に「新風館」と呼ばれる商業施設を利用して、京都市とグアダラハラ市の姉妹都市提携30周年を記念して開催されたイベント「京都・メキシコエルマナス2010」の広報として関わる機会があった。

そのスピンオフのような企画で、SNSは今ほどインフラとして浸透していなかったが、ライブ動画を容易にネットで流すことができたことから、当時京都府京都文化博物館で開催されていた「古代メキシコ オルメカ文明展」の学芸員の方を交えてテキーラ飲みながら解説していただくような企画や、京都市内の多くのバーテンダーに協力していただきテキーラのスタンプラリーを実施した。

僕は初めて訪れた海外がメキシコということだけで、どういう経緯で関わったのかはっきり覚えていないけれど、以来、その主催組織である「エルマナスプロジェクト」に加わることになった。

さらに、メキシコに10年ほど暮らしていた友人が日本に帰国したのもこの頃だったと思うのだが、彼が京都とメキシコとの親睦団体である「京都メキシコ文化協会」の理事を努めていたこともあって、その協会にも会員として加わることになった。

(おそらくテキーラを飲んでいたに違いないw)

文化協会という組織は、およそ100年ほど前は政策もあって海外へ移住する日本人も多く、海外赴任していた日本人が現地で日本人会をつくったり、その後、日本に帰国したもの同士が親睦を深めるために作った背景がある。そのためか、会員は御年配の方が多い♪(補足:2012年、京都メキシコ文化協会は、京都ブラジル文化協会と合併して「京都ラテンアメリカ文化協会」となっている)

先日、京都ラテンアメリカ文化協会による「グアダラハラ市姉妹都市盟約40周年記念事業実行委員会」の設立準備会が行われた。文化協会の理事や会員だけでなく、京都市の国際化推進室の担当者も交えたキックオフである。2時間ほどであったが、30周年当時を振り返り、40周年ではどんな絵を描くのか情報を交換する機会となった。

30周年当時と比較すると世界の均衡は疲弊している。奇しくも40周年となる2020年は東京オリンピックが開催され、数多くのイベントも開催されるであろうし、お腹いっぱいになることは容易に想像できる。上っ面をなぞるような一過性の催しではなく、文脈を見直すことで細くても継続できるキッカケを仕掛けていければと思う。

つづく(この話題、不定期に続けていこうかと…)

この記事は2018年10月1日にル・プチメック コラムに寄稿した記事の全文転載です。

そして、この記事の編集後記はこちら。

 #コラム #姉妹都市 #京都 #旅 #体験

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