<編集後記> 祇園祭の御神輿から御霊還し(ル・プチメック コラム)

…今月も無事投稿できたコラム掲載。言い訳のような感じで編集後記を綴ってみる。

京都にお祭りは数々あれど

京都三大祭というと葵祭、祇園祭、時代祭の3つとなるのですが、僕の実家は京都府宇治市。親の血筋には宇治市と滋賀県の境にある宇治田原町があって、かすかに夏祭りの記憶が残っている。

宇治田原町の中でも奥山田という地名に田舎があって、その名の通りトンネルをいくつか越えた集落のそのさらに山奥で、山から流れている渓流をまたぐように家があった。宇治市から奥山田までは直線距離にするとそんなに遠くはなく、宇治川沿いのうねるような道で毎回体調を崩していたことははっきり覚えている。

田舎に行った際は、いつも祖母や叔父の家族が迎えてくれていた。祖父は身体が弱かったのかいつも床についていたんだけど、田舎の夏祭り、祖父が横笛を吹いてお囃子を演奏していたのを覚えている。小さい神社で夜店も数件ぐらいだっただろうか。

生まれ育った宇治市はその歴史は源氏物語や宇治上神社など平安時代からの遺産が所々に残っているんだけど、実家の氏神様は蛭子嶋神社という小さな神社で子供神輿に参加しており、隣町にある子守神社(巨椋神社)は規模も大きくなって夜店が並んでいる光景が残っている。

そして中学生ぐらいになると行動範囲も広がって宇治市でもっとも人が集まる縣神社のお祭りに遊びに行ったところで、思春期と重なり祭に対しての興味も冷めていった

振り返ってみると、子供の頃から30年ほど御神輿どころか祭自体興味がない時間を過ごしている。京都市内に住み始め、仕事で祇園祭に関わることもあったけど他人事のように捉えていた。

社会との繋がりを探るのは歳をとったせいだろうな。

2009年7月、御神輿(八坂神社・西御座)を担いでからは、ご縁に身を任せて下御霊神社、白山神社(京都)の御神輿の機会があれば毎年ご奉仕しており、今住んでいる太秦に引っ越してからは、氏神である木嶋神社の御神輿のご奉仕を続けている。

35歳も過ぎた頃だろうか、おそらく残りの人生でも感じるようになったのか、仕事もプライベートも含めて僕が社会に関わること、僕ができることへの意識が高くなっていく。

今、住んでいる太秦の氏神様の云われを調べるのもその一つ。


「四十不惑」ってどういうことだろうか、40歳ぐらいの頃「僕は誰かの役に立っているんだろうか?」って自問していたし、兎に角がむしゃらに「地に足を付けて生きることでそれが見つかるのか?」って、バタバタもしていた。

大層なことでも無いんだけど、家族や仕事だけが僕が関わる時間ではなく、ご近所さんとの何気ない挨拶、町内の役をしたり、消防団に入っていること、御神輿を担いでいる時も、すべて同じ線で繋がっている。

最近、「受け取ったことと同じだけ返していくような繋がりを作っていく

それだけなんだと少し気が付いたところ。


今月投稿した「ル・プチメック コラム」

ル・プチメックとは、1998年に創業された京都でも指折りのパン屋さんなんだけれど、京都に限らず全国にそのファンを持つとてもユニークなパン屋さんだと思ってる。店舗は東京にもあるし、レフェクトワールという名前でレストラン業態も運営されている。

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佐原 誠

編集後記 ル・プチメックコラム

パン屋さん「ル・プチメック」コラムの編集後記。言い訳のような感じで綴ってみる。言い訳ができるっていいね〜♪ 『駅、バス停、道すがら何処でも誰かに出会う街』 http://lepetitmec.com/archives/category/column/sahara/
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