マガジンのカバー画像

アロマクエスト

19
ふと、頭に浮かんできた物語です。
運営しているクリエイター

記事一覧

アロマクエスト|(18)|使命-2

島から出た船は、近くの大陸に向かっていた。 海は荒れることもなく落ち着いている。天候も良好だ。 「ボク、水は苦手でね。しばらく外に出ないようにするよ。」 カオルが身につけたブレスレットから、メンタの声がした。 「ねえ、どうしてキミはあの島に来たの?」 カオルは、前から思っていた疑問を口にした。 「う~ん、勘かな。」 「勘って…。本当に?」 「冗談、冗談。ボクは『香りの女王』から指示を受けて動いているんだ。」 「香りの女王?」 「そう、香りの女王。オーダレス

アロマクエスト|(17)|使命-1

旅の準備は、予定よりも早く終わった。 出発の朝を迎え、カオルはやや緊張した面持ちで船に乗り込む。 見送りに来ていた村長たちが、声をかけた。 「気をつけるのじゃぞ。」 「元気でな。」 「辛くなったら、いつでも戻っておいで。」 「ありがとう。じゃあ、いってきます!」 カオルは、手を振りながら答えた。 船は、ゆっくりと島から離れていく。 カオルが乗った船を、見えなくなるまで見送った村長たちは、心配そうな表情で語り合う。 「とうとう、この日が来てしまったな。」村長

アロマクエスト|(16)|旅立-8

「準備ができたら、出発しよう。いい?」 カオルは身寄りがなく、村長の家に引き取られて育った。 そう多くはない荷物をまとめ、村長たちに挨拶をして家を出る。 旅立つのに、そう日数はかからないだろう。 「2日もあれば、行けるよ。」 「わかった。」メンタは、そう言いながら何かを取り出した。 「まず、これをキミに預けるよ。」 手渡されたのは、ブレスレットのようなものだった。 小さく、水晶のような球体が連なってできている。 「これは?」 「アロマル使いに必要なものさ。

アロマクエスト|(15)|旅立-7

「そういえば、さっきのことだけど。」 「なんのこと?」 「あの黒い影を倒したら、人間に戻ったじゃないか。 あれって、どういうこと?」 カオルがたずねると、メンタは答えた。 「スウェイング・シャドウは、もともと人間なんだ。 襲われた人の心身のダメージが一定以上大きくなると、変身してしまう。 ボクたちアロマルは、キミのような能力を持つ者が念じた通りに姿を変えて、スウェイング・シャドウと闘う。 スウェイング・シャドウに変化していた人間を、『癒やす』ことで救うことがで

アロマクエスト|(14)|旅立-6

あれは、いつのことだっただろう。 香りがこの世界からなくなったのは、まだ小さい頃だった。 周囲の大人が、話しているのを聞いて知ったのだと思う。 そのことが、カオルには不思議だった。 なぜなら自分は、まだ香りを感じることができたからだ。 しかし、他人に話す気にはなれなかった。 自分だけがみんなと違う。 そう思われるのが、なんだか怖かったのだ。 だから黙っていた。 しかし今、目の前にいるメンタには、素直に答える気になった。 「うん、わかるよ。」 それを聞くと

アロマクエスト|(13)|旅立-5

男を見送ってしばらくすると、肩に乗ったメンタが話しかけてきた。 「もう一度、森に行こう。大事な話があるんだ。」 ふたたび、森へ戻ってきた。 先ほどの出来事が、ずいぶん前のことのように感じる。 メンタが、肩から降りると口を開いた。 「えっと、まず、キミの名前を教えて。」 今さらながら、自分が名乗っていないことに気がついた。 「僕の名前は、カオル。」 「カオル……いい名前だね。」 メンタは、笑顔でそう言った。 「ボクが見えているということは、キミ、香りがわかる

アロマクエスト|(12)|旅立-4

倒れた黒い影は、だんだんとその姿を変えていく。 ゆらゆらと揺れる輪郭が、次第にはっきりとしたものに変わった。 そこには、確かに人が倒れていた。 「なんとか間に合ったみたいだ…。キミは、この人を救ったんだよ。」 そう言うと、メンタはホッとした表情を浮かべた。 「う、う…。」 倒れている人が、意識を取り戻したようだ。 少年は駆け寄る。 「お、俺はいったい…。」 「大丈夫ですか。何があったんですか?」 倒れていた男は、語りはじめた。 「ああ…だんだん思い出して

アロマクエスト|(11)|旅立−3

「ど、どうやって?」 緊張した面持ちで、少年はたずねた。 こうしている間にも、黒い影が迫ってくる。 「何か、武器をイメージして!」 少年は、扱うのが得意な武器をイメージする。 数秒後、緑色に輝く光の矢が出現した。 「こ、これは…」 おそるおそる見ている少年に、メンタが口を開いた。 「これは、ボクのエネルギーを形にしたものだよ。これで攻撃するんだ!」 いつの間にか、メンタと名乗った生き物は少年の肩に乗っている。 不思議と、ほとんど重さは感じない。 よく見る

アロマクエスト|(10)|旅立−2

最初は気づかなかったが、よく見ると、何か小さな生き物がこちらに向かって走ってくる。 色は青みがかったグリーン。 大きさは、ウサギより大きくネコより小さいくらいか。 こんな生き物は、今まで見たことがない。 「ひょっとして、ボクが見える…?」 その生き物が言葉を発したので、さらに驚いた。 「うん、見えるよ。それより、大丈夫?」 「あんまり…。それより、力を貸して!」 「…っていうか、君の名前は?」 「ああ、そうだったね。ボクの名前はメンタ。くわしい説明してる時間

アロマクエスト|(9)|旅立−1

ある日から、「香り」がなくなった。 生態系バランスの崩壊。 人の心と身体の衰弱。 スウェイング・シャドウの増殖。 人々は、環境の変化に怯えながら、日々を過ごしていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 周りを海で囲まれた、小さな島がある。 大陸の人々からも、その存在を忘れられた島。 意外なことに、その島には人が住んでいた。 荒れ果てた平原を走る、ひとつの小さな人影。 小動物を追いかけているようだ。 最近見かけない、久しぶりの獲物である。 持って帰れば、みんな

アロマクエスト|(8)|変化−5

そのモノたちは、いつから現れたのだろうか。 姿形は人のようではあるが、全体的に色彩というものがない。 顔の部分も、はっきりと判別できない。 まるで影法師のように、ゆらゆらと揺れている。 言葉を発することもない。 気がつくと、背後に立っている。 物理的な攻撃があるわけではない。 ただ、その姿を見てしまうと心身の不調が現れるのだ。 不安感。 焦燥感。 イライラ。 脱力感。 胃腸の不調。 吐き気。 頭痛。 肩こり。 呼吸器系の不調。 血圧の上昇。 どうやら、その人

アロマクエスト|(7)|変化−4

さらに数年が過ぎた。 香りを活用していた植物たちは、その恩恵を受けることができず、動くこともできないため、少しずつ姿を消していった。 動物たちも、弱いものは外敵の匂いを察知することができずに襲われ、また、強いものも食べ物を探すことが困難になり、日を追うごとに数が減っていく。 生態系のバランスが崩れ、自然は荒廃していった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 香りがなくなり、人々は 楽しむことも 癒やされることも 元気づけられることも 気持ちを切り替えることも 凍り付いた心

アロマクエスト|(6)|変化−3

世界から香りがなくなってから数年後。 人々に起こった変化は、より深刻なものになった。 まず、味覚への影響。 食事の味も感じなくなるため、食欲が低下。 栄養不足や体力の減少につながり、高齢者は寝たきりになる人が増えた。 また栄養の偏りが生じたため、病気にかかる人の割合が増加した。 脳への影響もある。 刺激がなくなることで嗅覚が衰え、それが脳の機能の低下につながった。 認知症になる人が増えたのである。 また、嗅覚によって引き起こされる記憶や感情の動きがなくなった

アロマクエスト|(5)|変化−2

香りがなくなることで影響を受けるのは、人間だけではなかった。 自然の中で暮らす、動物たち。 彼らは、嗅覚で危険を察知する。 外敵の匂いを察知して逃亡したり、有毒物質から身を守る。 フェロモンのような物質で敵と味方を区別したり、異性を判別したりする。 生命の存続に必要な食物を探したりもする。 香りを感じることで周囲の状況を把握し、また、香りを使って仲間とコミュニケーションを取るのだ。 動物だけでなく植物も、香りを使って外敵から身を守ったり、助けとなる虫を呼び寄せた