見出し画像

lainオープニングの謎を追え!

アニメserial experiments lainには、ふたつの印象的な歩道橋が出てくる。
ひとつはOPの歩道橋、もうひとつは最終回に出てくる歩道橋だ。
今回はlainのOPに出てくる歩道橋について考えてみたい。

lainのOPの絵コンテは監督の中村隆太郎氏が描いたものだという。脚本の小中千昭氏曰く、この歩道橋の場所はどこか特定の街というわけではないのだそうだ。
lainの製作者が「これは心象風景だ」「ここはワイヤードだよ」と言うのならばその通りなのだろう。

それに留意した上で、私はOPの歩道橋のモデルにされた、少なくとも作画の参考にされたであろう歩道橋が、実際に存在するのではないかと思っている。
それも99%間違いなく、ここがOPのモデルになった場所だろうと言えるような歩道橋を見つけてしまったのだ。


それは東京都杉並区、荻窪駅北口にある歩道橋だ。

荻窪駅前、青梅街道に架かる歩道橋

なぜ荻窪なのか?
lainは主に、玲音さんの自宅がある世田谷区とよく遊びに行く渋谷区が舞台であり、杉並区にある荻窪は、lainとは何の関係もないのではないか?当然こう思う人もいるだろう。
私が荻窪に着目したのは、lainの制作会社である「トライアングルスタッフ」が、かつて荻窪に存在していたからだ。
lainの製作者達が普段から目にしていたであろう歩道橋ならば、アニメの参考にされていてもおかしくは無い。
理由はそれだけであり、最初はただの勘に過ぎなかった。

私は2019年に「lain聖地巡礼マップ」というものを作ったのだが、その中でこの荻窪の歩道橋も紹介していた。
その段階では聖地の予想のひとつとして挙げただけで、ここがOPのモデルだと断言出来るほどの確信はなかった。
だがその後、調べれば調べるほど、この歩道橋とlainのOPの歩道橋には類似点が多いのだ。


まずはOPの最初のシーンを見て欲しい。歩道橋の正面(横というべき?)に大きな建物がある。

だがよく見ると玲音さんの前にある道は少し斜めになっていることが分かる。玲音さんの前の道は二手に分かれていて、そのふたつの道の間に建物があるのだ。
荻窪の歩道橋を少し斜めから見てみよう。

似ている……ような気がする。
ビルの細部や歩道橋の標識の有無に違いはあるが、大体の構図は同じに見える。
特にビルの左側がよく似ているように見えるが如何だろうか?


次に玲音さんが歩道橋に上がった画像を見て欲しい。

歩道橋から見て右に、角が斜めになった建物がある。
荻窪駅前には光や風を塞がないように斜線制限による角が斜めになったビルが多数ある。ビルの斜線制限が無ければ、玲音さんの帽子が風に飛ばされる事もなかったかもしれない。
左には銀行の看板がついた建物がある。
荻窪の歩道橋を見てみよう。

lainの OPと同じく、右には角が斜めになったビルがある。歩道橋も右の建物もlainと同じものに見える。
だが左の建物には銀行の看板もなく、全くの別物である。
私はここが引っかかっていて、この歩道橋が聖地だと言い切ることが出来なかったのだ。

歩道橋の前の建物は、現在みずほ銀行になっているが、それは右の角が斜めになった方のビルであり、OPで銀行の看板がかかっている左のビルには、現在洋服の青山が入っている。
銀行ではないのだ。


だが私はあることに気がついた。
この荻窪の左のビルのような建物を、最近何処かで見たことは無いだろうか?
ビルの正面に正方形の看板が幾つも付いている。そこには大抵、UNIQLOや無印良品、ABCマートや本屋などのロゴが付いている筈だ。

こんなの

この手のビルは割と近年に建てられたものが多い。建築にも流行があるのだろう。ここ十数年でよく見るようになったデザインだ。
それならば荻窪の、この今風のビルはlainが製作された25年前に、既にこの流行のデザインを先取りしていたのだろうか?
おそらく違う。つまり1998年から現在までの間に、このビルは建て替えられたのではないだろうか?
lainの制作された1998年当時、銀行の看板のついたビルがあったのかもしれない。

私は荻窪にある「杉並区立中央図書館」に飛び込んだ。
荻窪が特集された雑誌や杉並区の資料などを読み漁った私は、やがてある文書を発見した。
「平成23年度 荻窪駅周辺まちづくり基礎調査報告書」にあった写真を見て欲しい。

カラーコピーした物をスマホで撮影したため画質が悪く分かりにくいが、右上にみずほ銀行の青い看板のある建物がある。これが角が斜めになった「右のビル」だ。
そしてその奥の「左のビル」には白いカバーが被せられており、工事中であることがわかる。
やはり左のビルは建て替えられていた!

現在、洋服の青山が入っているこの左のビルは「ヒューリック荻窪ビル」といい、建て替え前は「荻窪富士ビル」という建物であった事が分かった。
建て替える前の荻窪富士ビルには銀行の看板があったのかもしれない。


さらに資料を探した私は、鉄道関係の書籍に、1965年撮影の荻窪駅北口の写真を見つけた。

白黒写真をカラーコピーしてしまう
痛恨のミス

赤丸で囲まれた建物を見て欲しい。
見えにくくて恐縮だが、現在の「左のビル」の場所にある赤丸の中のビルの看板には、富士銀行と書いてある。

おそらく荻窪富士ビルとは富士銀行の富士から来ていたのではないか。富士銀行とはみずほ銀行の前身だ。
やはりあの「左のビル」はかつて銀行だったのだ。
その隣の、現在みずほ銀行が入っている「右のビル」の場所には日本勧業銀行が建っている。富士銀行も日本勧業銀行も後にみずほ銀行となる。
かつてあの歩道橋の前に、銀行の看板があったのではという予想は当たっていた。

しかし流石に時代が古すぎる。なにしろ肝心の歩道橋すらまだ出来ていない時代なのだ。

ツイッターで見つけたこの写真は1986年のもの。歩道橋は出来たが右のビルには角が斜めのものとは違う。左のビルも1998年に建っていた富士ビルよりひとつ前かもしれない。


いくら写真を探しても、私の求める1998年辺りの富士ビルはいつも絶妙に写っていなかった。あと数センチカメラを横に。或いはあと一年早ければ、という写真ばかりだった。
画像が駄目なら動画だ!とYouTubeもチェックしたが、まるで何者かに邪魔されているかのようにピンポイントで映らなかった。

バスマニアの動画を見るも
ビルは工事中のもの
自転車マニアの動画は、時期的にも位置的にも100%見える!と思った瞬間
強烈な太陽光で白く飛ぶ

私は荻窪近辺の図書館を渡り歩いた。
司書の人に古い資料を見せてもらい、大型書店にも足を運び、探して探して、最終的にGoogleで画像検索したら出てきたものがこの写真だ。

 HP「 井伏鱒二と荻窪風土記と阿佐ヶ谷文士」
から拝借しました

左の隅の方にしか写っていないが、確かに歩道橋の前に銀行の看板があるのが分かると思う。
これこそまさにlain のOPの歩道橋だ……!

このHPによると、かつて左にあった富士銀行も右の日本勧業銀行も、2002年の吸収合併によりみずほ銀行となり、一時期は隣同士の建物で「みずほ銀行荻窪支店」と「みずほ銀行荻窪駅前支店」として並んでいるという意味不明な状態だったそうだ。
2004年にふたつのみずほ銀行は右のビルに統合され、同年に左の荻窪富士ビルには洋服の青山がオープンした。
調べてた事全部このHPに書いてあった。

この写真では、左の建物はよく見えず、ビル前面のデザインはアニメとは違うように見えるが、大きさなどは大体同じだと分かるだろう。

この写真が撮影されたのは2002年の7月のようだ。
正確に言えば、lainの放送された1998年は、富士銀行はまだ合併してみずほ銀行にはなってないので看板は違うだろうが、大体こんな感じだと思う。
確かにlainの風景は存在した。90年台や00年代初期あたりの荻窪にはlain OPまんまの風景があったのだ。


私が探し求めた、富士銀行の看板・歩道橋・角が斜めのビルの三つが揃う写真は、まだ見つかっていない。
私は荻窪のみずほ銀行まで出向いて当時の写真がないかを聞き、ビルの不動産会社にlainの聖地探しに協力するよう長文メールを送りつけて写真を探してもらったが、残念ながら1998年のビルの写真は残っていないようだった。
折角ここまで読んでくれた人達には申し訳ない。

そこで今回は、現代の最新テクノロジーを用いて1998年当時の歩道橋の風景を再現してみる事にした。
私は最新テクノロジーについては何も分からないので、全て響現(@Kyogen_wired)さんに押しつけて、画像を制作して頂いた。
玲音さんの後ろ姿は、ささ(@hikisasa9)さんが以前Twitterに上げていたコスプレの写真をお借りした。
協力して頂いた全ての人に感謝したい。

では見てほしい。これがリアルワールドのlain OP玲音さんだ!

素晴らしいですね……。
左のビルの画質が心配だったが、このボヤけが逆に妙な立体感を醸し出し、玲音さんの存在感が溢れ出していますね。
かつてこの光景が確かに存在したという事実にlainファンならば心が打ち震えるのではないでしょうか。


これでもまだ、こじつけだと思う人もいるかもしれない。
多少似てはいるが完全一致とは言えない、99%lainのOPの聖地だとは言いすぎだろうと思うかもしれない。
そんな疑り深い人には、最後に玲音さんのいる歩道橋からの景色を見てもらいたい。玲音さんの可愛らしい横顔に目が行くのを堪えて、歩道橋の向こうのビル群を見ていただきたい。

一番右にある手前のビルは角が斜めになっている(先程まで言っていたみずほ銀行の角が斜めのビルとは別物)。その奥の隣りの建物は背が低いのが分かるだろう。さらに何棟か奥の方にある建物には、前面上部の中心に三角の出っ張りがあるのを確認して欲しい。
では、荻窪の歩道橋から北西を見た景色と比べてみよう。

如何だろうか。

如何だろうか。
最早説明は要らないだろう。


lainも今年で放送から四半世紀が過ぎる。街の景色もどんどん変わっていく。
この荻窪の歩道橋の近くにあった、別の歩道橋は昨年撤去されてしまった。
もしもあなたが東京・杉並区に来ることがあったら、是非とも荻窪のこの歩道橋を訪れて欲しい。
今ならばまだ、玲音さんの見た景色を我々も見る事が出来るのだから。