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化学と数学 ②(結晶)


化学の問題の中に数学の問題が?

ことさら受験の問題では, これは化学というより数学(あるいは算数)では?と感じる問題も多いです。そして, 計算力や数的処理能力が不足しているために問題が解けないという生徒もいます。もちろん, 受験において数学が大きなウェイトを占めることも多いので, そういう生徒は数学を鍛えてねという気持ちもある反面, 化学の先生が何かできないか……ということを私は結構思っています。

今回は数学っぽい化学の問題を取り上げて, 解説していけたら, と思っています。
※連載物の2回目

1回目の記事はこちら↓

もう少し難易度が高いものはこちらの記事↓

結晶の問題(空間図形)

授業でどれくらい強調するかはともかく, 私が思っている大切なことは,
食塩, 雪のような結晶は肉眼でも見える(マクロ)が, 規則正しく粒が並んでいるので一部分である単位格子(ミクロ)だけを考えても良いし, 単位格子を何個か繋げたものを考えても構わない
ということです。

例えば, 鉄の密度というとき, 鉄の塊(マクロ)のまま質量・体積を測定しても良いし, 単位格子(ミクロ)がどうなっているかを考えて計算しても良いということです。

さらに言うと, 単位格子のイラストを描くときに二つの書き方があり, 実際は右図のように粒どうしは接していますが, 見やすさや描きやすさのため左図で表現することも多いことも言っておくと誤解は生じにくくなります。

両方ともNaCl結晶を表している(色あるいは模様はNa+とCl−で分けている)。

紙や画面で表すとどうしても2次元になるので, 空間図形において大切になってくるのは, いかに上手に2次元に落とし込めるか, です。

<問題1> 教科書にもある標準的な問題

体心立方格子と面心立方格子において,
(1) 一辺の長さaは原子半径rを用いてそれぞれどのように表せるか。
(2) 配位数(ある原子に対して接している原子の数)はそれぞれ何か。
(3) 充填率(全体の中で原子が占めている体積の割合)はそれぞれどうなるか。

左: 体心立方格子, 右: 面心立方格子

[問題1: 解説] 2次元への落とし込み方として知られているのは「断面図」「展開図」「投影図」ですが, 今回は断面図を使う方がよさそうです(展開図・投影図だと大変)。球を含む空間図形の断面図のコツとしては球の中心・接点をなるべく多く含むような面を考えることです。

体心立方格子の場合。
赤が球(原子)の中心であり, 図のような断面で切ると面を取り出す場合に比べて多くの中心を通ることができる。

また, 中3の三平方の定理の単元をやることで, 緑の直角三角形を考えることにより面の対角線は$${\sqrt{a^2+a^2}=\sqrt{2}a}$$, 紫の直角三角形を考えることにより立方体の対角線は$${\sqrt{a^2+(\sqrt{2}a)^2}=\sqrt{3}a}$$であることは導けます。ただ, 高校生・高卒生でもパッと答えられない人は多いです……パッと答えられるところまで身につけておきたいところです。

(1) 体心立方格子に関しては上図より$${\sqrt{3}a=4r}$$よって, $${a=\frac{4}{\sqrt{3}}r}$$。面心立方格子に関しては立方体の一つの面に5個の中心が通っているので, 一つの面を考えましょう。同様にして, $${\sqrt{2}a=4r}$$より $${a=\frac{4}{\sqrt{2}}r=2\sqrt{2}r}$$。
(2) 体心立方格子の場合は体心(立方体の中心)の原子に着目すれば, その周りに8個の原子があることは一目瞭然です。それらは上の図だと接していないように見えますが, 実際は接しています。
面心立方格子の場合はこの図だけではわかりづらいです。次の図を用意することにします。つまり, 単位格子一つだけで考えて埒があかないときは二つ以上の単位格子で考えるのです。

面心立方格子2つくっつけている図

二つの単位格子をくっつけた面の面心(青い丸)の周りにある原子を考えると, 図の色のついている原子の12個が青い丸に接していることがわかります。接していることがわかりにくくても, 青い丸と他の色の丸との距離はそれぞれ$${\frac{\sqrt{2}}{2}a}$$(aは1辺の長さ)であることから判断しても良いです。ちなみに<問題3>をやるともっとすぐに配位数が分かります。
(3) $${充填率(\%)=\frac{原子(球)の体積の合計}{単位格子(立方体)の体積}\times 100=\frac{原子(球)の体積 \times 原子(球)の個数}{単位格子(立方体)の体積}\times 100=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 単位格子内の原子の個数}{a^3}\times 100}$$で求められます。単位格子内の原子の個数は, 以下のように考えると体心立方格子だと2個, 面心立方格子だと4個だと分かります。

※ 単位格子内の原子の個数の求め方
面心: 単位格子内に入っている分は半球で1/2の大きさ
辺心: 球の半分の半分なので1/4の大きさ
頂点: 球を半分に切って, 半分に切って, もう一回半分に切ったもの(要するに1/8の分だけ中に食い込んでいる)
であることに注意します(下図参照)。

球の大きさのイメージ図

あるいは, 1つの頂点は8個の単位格子に共有されているので1個の単位格子にある分は1/8, 面は2つの単位格子に共有されているので1個の単位格子にある分は1/2, ……のように考えても良いです。
そうすると, 体心立方格子の場合, 体心の位置に原子が丸々入っており, 後は8個の頂点の位置に原子があるので, $${1+\frac{1}{8} \times 8=2}$$(個)です。
一方, 面心立方格子の場合, 6個の面心の位置と, やはり頂点の位置に原子があるので,  $${\frac{1}{2} \times 6 + \frac{1}{8} \times 8=4}$$(個)となります。

よって, 体心立方格子の場合, 
$${充填率(\%)=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 2}{a^3}\times 100=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 2}{(\frac{4}{\sqrt{3}}r)^3}\times 100=\frac{\sqrt{3}\pi}{8}\times 100 \fallingdotseq 67.9\% }$$
面心立方格子の場合, 
$${充填率(\%)=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 2}{a^3}\times 100=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 2}{(2\sqrt{2}r)^3}\times 100=\frac{\sqrt{2}\pi}{6}\times 100 \fallingdotseq 73.8\% }$$

<問題2> 六方最密構造

六方最密構造において, 
(1) 単位格子の中に含まれる原子数は何か。
(2) 配位数はいくつか。
(3) 原子半径をrとすると, 単位格子の高さhはrを用いてどのように表せるか。
(4) 充填率はいくつか。

六方最密構造(左図で網掛け部分が単位格子に相当する)

[問題2: 解説] 
(1) 注意して欲しいのは, 単位格子は平行六面体(≒四角柱)です。大抵正六角柱で書いてあると思いますし途中過程では正六角柱で考えて良いですが, その中の四角柱(上左図で見てみると正六角柱のちょうど1/3)で答える必要があります。上右図において, 緑の球(3個)は六角柱の中にまるっと入っています。橙の球は六角形の面の面心で2個ありますが, 六角柱の中に入り込んでいる分は問題1同様, それぞれ1/2個分です。黄丸は頂点の位置(12ヶ所)にありますが, 六角柱の中に入っているのは球の1/6の体積に相当します。わかりにくいときは六角形の面を取り出して考えてみる or 上から見た図で考えましょう。正六角形の一つの内角が120°なので, 六角柱の中に入っているのは$${\frac{1}{2}\times\frac{120^\circ}{360^\circ}=\frac{1}{6}}$$と求まります。 
結局, 正六角柱の中の原子数は, $${1\times 3 + \frac{1}{2}\times 2 + \frac{1}{6}\times 12 = 6}$$個分です。その中の単位格子にも均等に原子が入っているので, 6÷3=2個となります。
<注> 直接単位格子で考えても良いですが, 球1/6体積のもの, 球1/12体積のものを考えないといけない上, 緑の球が複数の単位格子をまたいだ位置に存在するのでわかりにくいです。
(2) これも面心立方格子同様, 2つの六角柱をつなげた方が楽です。例えば上にそのまま六角柱を乗せるとします。そうすると, 上面の面心(橙の球)を基準として, 同じ面に黄色の球が6つあり, 上下に緑の球が3個ずつあるので, 合計で色のついている原子が12個あります。
(3) <解法1> 数学的に考えましょう。下の図を見ると, 結局正四面体の高さを2個分合わせたものが六角柱の高さ(=単位格子の高さ)です。

1つの頂点から垂線を下ろすと垂線の足は正四面体の一つの面の重心になります。

<証明> △OAH, △OBH, △OCHにおいて, OA=OB=OC, ∠OHA=∠OHB=∠OHC=90° (仮定), OHは共通であり, 直角三角形の斜辺と一つの辺がそれぞれ等しいので△OAH≡△OBH≡△OCH. 対応する辺の長さは等しいので, HA=HB=HCであり, Hは△ABCの外心. 外心は三角形の垂直二等分線の交点であるが, AB=AC, DB=DCでAおよびDはB, Cからの距離が等しいのでAおよびDはBCの垂直二等分線上. つまり, A, D, Hは一直線上にあり, ADは中線かつ垂直二等分線なので垂線の足Hは重心(中線の交点)である.

重心の性質より, AH: HD=2:1になります。△OAHを考えると, OA=2r, AH=$${\frac{\sqrt{3}}{2}\times2r\times\frac{2}{3}=\frac{2\sqrt{3}}{3}r}$$と三平方の定理より, $${\frac{h}{2}=\sqrt{(2r)^2-(\frac{2\sqrt{3}}{3}r)^2}=\frac{2\sqrt{6}}{3}r}$$∴$${h=\frac{4\sqrt{6}}{3}r}$$

<解法2> 次の<問題3>の考え方を利用するので, 一旦飛ばします。

(4) 充填率は最密構造なので面心立方格子と同じです(73.8%)。一応今までの計算があっていることを示すため計算します。$${充填率(\%)=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 6}{(\frac{\sqrt{3}}{4} (2r)^2\times 6)\times h}\times 100=\frac{(\frac{4}{3} \pi r^3) \times 6}{\frac{6\sqrt{3}\times4\sqrt{6}}{3} r^3}\times 100=\frac{\sqrt{2}\pi}{6}\times 100 \fallingdotseq 73.8\% }$$

<問題3> 積み上げる

次の問題は標準問題精講(旺文社)にも掲載されており, かつ自分の理論化学のテキストにも入れている面白い問題です。初見で素早く解ける人は少ないので実際はテキトーになってしまうと思いますが, 時間無制限で解いてみてこの視点を身につけるのが大切です。

ある単体の金属結晶模型を組み立てる方法について考えてみよう。金属原子を硬い球と近似し, 以下の順序で組み立てる。まず, 球を平面に敷き詰めると, 最密充填構造は図1(a)のようになり, 球①の周りには球②〜⑦が接する。次に, この第1層上に球を最密に敷き詰めるため, 図1(b)のように, 第1層にできたくぼみの上に球⑧~⑩の要領で球を積み重ね, これを第2層とする。さらに,第3層として,第2層の上に図1(c)のように球11〜13の要領で球を積み重ねる。この第3層上に, 第1層, 第2層, 第3層の順に球を積み重ねる操作を繰り返す。
設問(1) : 組み立てようとしている結晶格子の名称を答えよ。また, この結晶格子 では, 1個の球のまわりに何個の球が接しているか答えよ。
設問(2) : 図1の球①〜13のうち, 球⑦との中心間距離が, 組み立てようとしてい る結晶の単位格子の一辺の長さと等しい球の番号を答えよ。ただし, 該当する球は一つとは限らない。該当する球の番号がない場合は「なし」 と答えよ。

2007年名古屋大 大問2

この問題を解くためには, 次の図が頭に入っている必要があります。

この図はWikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/面心立方格子構造)から取っています。六方最密構造との違いを表しています。

つまり, 設問(1)の答えは面心立方格子ということになります。
設問(2)は普段見慣れた見方とこの図での見方を対応させておくと良いでしょう。下の図を参照してください。必要あれば面心立方格子を2個くっつけるのも厭わない方が良いでしょう。

どの原子を①とするかは人によりけりだと思いますが, とりあえず面心立方格子の一つの頂点を①としました。そして, ⑦を適当な面の面心として考えると, 単位格子の一辺の長さと等しい球が図の赤い球のこと(要するに1つある)ということがわかります。雰囲気としては二段目(b)の8, 9, 10のどれかです。あとは長さを考えればよく, 考えるべきものは中間くらいの長さのものなので10を選ぶのが良いとわかります。正確に計算すると, 
⑦-8: $${\sqrt{(\frac{a}{2})^2+(\frac{a}{2})^2}=\frac{\sqrt{2}}{2}a <a}$$, ⑦-9: $${\sqrt{(\frac{a}{2})^2+(\frac{a}{2})^2+a^2}=\frac{\sqrt{6}}{2}a>a}$$なので, ⑦-10が真ん中の長さです。

この見方をすることで楽に解ける問題が今まで解いた問題の中にもいくつかあります。
<問題1> 面心立方格子の配位数
図1の①が何個の原子と接するかを考えましょう。①は(a)の層では6個の原子(②〜⑦)が接しています。(a)の層の上には(b)の層があり, ⑧〜⑩の3個の原子は①と接しています。実際の結晶では面心立方格子ではABCABC……と繰り返されているので, (a)の層の下には(c)と並び方が同じ層(c')があります。(c')層の3つの球11'〜13'も①と接しています。よって, 1個の原子は6+3+3=12個と接していることがわかります。
<問題2> 六方最密構造の単位格子の高さ
面心立方格子(ABCABC…)は原子を積み重ねたときの三層分がちょうど面心立方格子の対角線に相当するので, 一層分の厚みをdとすると, $${d=\frac{\sqrt{3}a}{3}}$$(aは面心立方格子の一辺の長さ)となります。aとrの関係は問題1より$${a=2\sqrt{2}r}$$です。これを代入すると, $${d=\frac{2\sqrt{6}}{3}r}$$となります。一方, 六方最密構造(ABAB…)の単位格子の高さは原子を積み重ねたときの二層分です。従って, 高さhは, $${h=2d=\frac{4\sqrt{6}}{3}r}$$となり, 先述の答えと一致しました。

<問題4> マーデルング定数 (難問)

結晶に関する次の記述の㋐, ㋑, ㋒に当てはまるものの組合せとして最も妥当なのはどれか。
「様々な種類の結晶構造が知られており, 図(i), (ii)の結晶構造はそれぞれ塩化ナトリウム型構造, ㋐型構造として知られている。

左: 図(i), 右: 図(ii)

一般に, イオン結晶における静電ポテンシャルは以下で定義されるマーデルング定数Mに比例する。
$${M=\sum_{n=1}^\infty \frac{f(n)s(n)}{d(n)}}$$

ここで, f(n)は基準のイオンからの第n最隣接イオンの個数であり, s(n)は基準のイオンと第n最隣接イオンが同符号のとき-1, 異符号のときに+1を返す関数, d(n)は基準のイオンからの第n最隣接イオンの距離(第1最隣接イオンの距離との相対値)である。

このマーデルング定数は結晶構造に依存する定数であり, 例えば塩化ナトリウム型構造の場合,
$${M=\frac{6}{1}-\frac{12}{㋑}+\frac{㋒}{\sqrt{3}}-\frac{6}{2}+\cdots}$$

で計算される。Mは無限級数であり, 最終的に1.75 (有効数字3桁表示)に収束することが知られている。同様にして, ㋐  型構造についても計算すると, Mは1.64に収束する。」

 ㋐   ㋑  ㋒
1. 閃亜鉛鉱 √2 8
2. 閃亜鉛鉱 1.5 4
3. 閃亜鉛鉱 √2 16
4. ウルツ鉱 1.5 12
5. ウルツ鉱 √2 24

[解説] 片方のイオンが面心(各面の中心)および体心(単位格子の中心)に配置され, もう片方のイオンが単位格子を8等分した小立方体の中心に交互(2つに1つ)に配置されているものは, 閃亜鉛鉱型結晶と呼ばれる。閃亜鉛鉱は, 硫化亜鉛ZnSを主成分とする。閃亜鉛鉱型結晶の例としては, ZnS, CdS, ZnSeなどであり, 全て陽イオンと陰イオンの組成比が1:1である。閃亜鉛鉱型結晶が立方晶系であるのに対し, 同じZnSでもウルツ鉱型と呼ばれる六方晶系の異なる結晶構造を取ることがある。
 後半はマーデルング定数についてであり, 定義は問題文に記述してある。塩化ナトリウム型結晶について, 空欄㋑では第2最隣接イオンの距離(第1最隣接イオンの距離との相対値), 空欄㋒では基準のイオンからの第3最隣接イオンの個数を答えれば良い。体心を基準のイオン(図における黒丸)にすると, 第1, 2, 3最隣接イオンについては,ぞれぞれ図1, 2, 3の通りになる。

第1最隣接イオンの距離は, 単位格子の1辺の長さの半分(小立方体の1辺の長さ)であり, これを長さ1とする(図1の太線)。そのとき, 第2最隣接イオンの距離は長さ1を2辺とする直角二等辺三角形の対角線(図2の太線)なので$${\sqrt{2}}$$となる。同様にして, 第3最隣接イオンの距離は長さ1を1辺とする小立方体の対角線(図3の太線)なので, $${\sqrt{3}}$$となる。基準のイオンからの第1,2,3最隣接イオンの個数は図1,2,3で色がついているイオンなので, それぞれ6, 12, 8個である。
以上より, 最も妥当なのは, ㋐で閃亜鉛鉱, ㋑で$${\sqrt{2}}$$, ㋒で8を選んでいる, 1となる。

ところで, Mは無限級数で最終的には1.75 (有効数字3桁表示)に収束することが知られているが, 結構振動します。数学的にはマーデルング定数は次の式を満たします。$${M=\lim_{r \to \infty}\Sigma_{\substack{l, m, n \in \Z \\ 0< l^2+m^2+n^2 \le r^2}}\frac{(-1)^{l+m+n+1}}{\sqrt{l^2+m^2+n^2}}}$$ (以下の録28.あるいはblogより引用)。

結晶(固体物性)の話は奥が深いし, 数学的なネタももっとあります(例: 群論, 最密充填面(ミラー指数)など)ので, 興味がある方は調べたり大学の教科書をみてください。

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