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大学受験の無機化学を28ページにまとめてみた話


多様性の面白さ ⇔ 覚える困難さ

無機化学は面白いです。何故なら"登場人物"が多いから。それぞれ個性があります。物理では「あらゆることを少数の事柄で説明(=普遍性を重視)する」のに対し, 化学は多様性のあるのが面白いと感じる人も多いのでしょう。

しかし,  その多様性は「試験を受ける人」にとっては地獄です。何故なら, 覚えるべきことが膨大になるから。化学が得意な人でも, ある時期を過ぎれば(大学に入ってから研究にはまっていくと)自分に関係しないものはだいぶ忘れてしまうくらいです[*]。

ここが無機化学, 強いては化学は覚えることばかり, 暗記ばかりだと言われる所以(ゆえん)でしょう。

受験の無機化学で最低限習得すべきこと

では受験生があらゆることを暗記しないといけないでしょうか?いや, そうは思わないです。なぜなら感覚としては80%くらいは基礎を覚えたり, 理論化学を活用すれば解ける問題だからです。

例えば, 次のような知識はどう理解しますか?丸暗記に頼るしかないのでしょうか。

「飽和食塩水にアンモニアを通じ, 二酸化炭素を通すと炭酸水素ナトリウムが沈澱する」(工業的製法, 1・2族)

丸暗記する必要はありません。この場合, 以下の2点に注意すれば理解できます。

① 酸化物の知識
非金属酸化物≒性酸化物        水に加えるとオキソを生成 
金属酸化物≒塩基性酸化物             水を加えると水酸化物(塩基)を生成  
両性元素の酸化物=性酸化物  酸, 塩基の両方と反応
CO, NO = 中性酸化物     水に溶けない (気体の性質でも学習)

② 理論化学の知識 
$${\rm{NaCl → Na^{+} + Cl^{-}}}$$ (塩は完全電離; 溶液の単元)  (i)
$${\rm{H_{2}O + NH_{3} ⇄ NH_{4}^{+} + OH^{-}}}$$ (弱塩基の電離平衡; 平衡の単元, 酸・塩基の単元)  (ii)
$${\rm{CO_{2}(酸性酸化物) + H_{2}O → H_{2}CO_{3}}}$$(オキソ酸:炭酸) 酸化物の知識より  (iii)
$${\rm{H_{2}CO_{3} ⇄ H^{+} + HCO_{3}^{-} }}$$ (弱酸の電離平衡; 平衡の単元, 酸・塩基の単元。2価の電離は段階的) (iv)
$${\rm{H^{+} + OH^{-} ⇄ H_{2}O }}$$ (水のイオン積は小さいので, 実質右向き)    (v)
(i)~(v)を足し合わせる:  $${\rm{NaCl+ H_{2}O + NH_{3} + CO_{2} → NaHCO_{3} + NH_{4}Cl}}$$
($${\rm{NH_{3}の方がCO_{2}}}$$より水に溶けやすいため, $${\rm{NH_{3}}}$$を先に加える→ 気体の性質)。

このように理論化学は無機化学と密接な関係にあります。受験でも無機化学は理論化学とセットで出題されることが多いように思えます。だからこそ個人的には,理論化学を十分にやっていないのに無機化学をやるのはあまりお勧めしないです(実際, 早期に無機化学を扱うせいで「化学は暗記」というイメージを抱いてしまって高3に至る生徒がいます)。 

となると, 無機化学で最低限扱うべきことは①のような比較的幅広く使える考え方になります。無機化学の最初にこれらをしっかりやることで, その後各論に入ったときにスムーズに理解できるようになります。

なお, たまに試験でマニアックなことが出題される場合があります。それは大抵, 出題者(多くの場合, 大学教員)の面白いと思ったものを出題されているためであり, 必ずしも教科書(および高校修了までに身につけておくべきことの範疇)の中にあるとは限りません[**]。

共通点・相違点で整理する

もしかすると, 教科書みたいに元素の各論的・羅列的な記述では試験対策にはなりにくいのでは, と考えます。例えばアルミニウム、亜鉛、スズ、鉛。これはすべて両性金属(Al Zn Sn Pb)としてセットで覚えると良いかと思います。
[共通点]
両性金属→ 酸と反応し塩を形成、塩基と反応し錯塩を形成(単体・酸化物・水酸化物で同様)
[相違点]
Al→ 酸素親和性 大(テルミット反応)
(Snの還元作用は酸化還元の話で学習済み)
(鉛が酸に溶けにくいのもイオン化傾向とセットだとわかりやすい)
(族・価電子の数が違うのはある程度周期表を覚えることで解決)
(合金・メッキの話は別途まとめて覚える)

こういうふうに整理していけば, 意外と覚えることって少ないぞ, これなら覚えられる!となるかもしれません。さまざまなところから知識を引っ張ってくるのは難しいかもしれませんが。

ページ数を少なくする仕組み

というわけで表題にある件です。ページ数を多くするのも高校生・受験生にとっては負担です。ページ数多くすれば丁寧になったり, 網羅はできたりするのですが, それが高校生・受験生にとって身になるかと言われると疑問に思います。
そのような考えのもとで塾用の教材を試しに作ってみました。どうしたかというと以下のようにして無機化学を再構成しました。

① 無機化学の基礎(理論的準備)
② 頻出項目
③ その他各論

サンプルも提示いたします。

①の例
②の例
②の例
③の例

ページ数少なくしたと言っても, 1ページ余白なく敷き詰めたというわけでもなく, 授業で使う場合は適度に空欄やメモ欄を設けています。
もちろん網羅できなかったり, 色々な問題に触れておきたかったり, 写真をたくさん使いたかったりというのもわかるのですが, まあ現実的にはこんな感じです。
他に課題としてあげられるのは, 「理論化学を使いこなす」ということです。それはそれで難しいことです(例えば, 先述のアンモニアソーダ法の途中過程を全部理屈でおさえるよりはその式は暗記する方が楽という意見も分かります)。

参考資料

無機化学の授業をする際, 以下の学習参考書が特に役に立ちました(注 指導者へのおすすめ≠学習者へのおすすめ)。

また, 昔の呟きを自分で掘り起こします。「知識を拡張」するのは大切。

[*] 化学とは関係ないですが, 科目選択で「生物」「物理」のどちらかを悩む人がいます。(色々話したいことはありますが)一つの意見としては, 「生物は後からでも十分学べる」のに対し, 物理は(難しいから時間をかけてしっかりやった方がいいし)幅広く必要になってくるので先にやっておくべきかもしれません。高校生物は植物, 動物, 生態系などたくさんのことを扱う必要があり, どうしても覚える量が多くなります…(特に物理出身の生物系の研究者が高校生物の内容を全ておさえているわけでもないです)。
[**] よく探してみたら(脚注も読み飛ばさないようにすると)見つかったり、全部の教科書にはなくても一つの教科書に記述があったりする場合もあるので, 「教科書にない」と言い切りことは危険かもしれません。ただ, このような場合は受験生でできる人は少ないのでその知識は合格に必須ではないことを意味すると考えられます。


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