「そしてフットボールは続く……」

旅の終わりの覚悟をしたのは高橋祥平がFKの壁に入ったときだったんだよな。ああおそらく、ここから開けに来る、それを止められなかったら終わる--という強い予感がした。結果、そのFKは失点となって、時間的にもスコア的にも、ほぼ終戦のゴールだった。

磐田は、というか、なりふり構わずJ1に残るという意思を持ったチームは強かったな。違う。なりふり構わずJ1に行きたかったという気持ちは絶対に絶対にうちのほうが大きかった気がするのに、余りにも追いつけなくて唖然としていた。遠い、余りにもJ1は遠かった。

それでも間違いなく、このチームはこの10年間で一番J1に近づいた。総合力で言ったら去年のほうが上回っていたのかもしれない、それでも去年、熊本で何もできずにPOを敗退してから1年、ここまで踏ん張ることができるチームになったのはとてもとても、とても嬉しかった。1年前を経験した選手や監督がいることの強さを感じた。熊本でのあの記憶も決して苦々しいだけの記憶ではなくなったと思えた。

次にこの舞台を経験できるのはいつだろうか。その先のJ1のピッチを踏めるのはいつで、誰とになるだろうか。不安もめちゃめちゃ大きいけど、あまりにも大きな光が同時に見えたような、そんな2年間だった。


◆愛と呼んでも差し支えのないもの
この2年間、平たく言うとロティとイバンとの旅。おれがそれに「乗った」と思えたのは2017年のGW、横浜FC戦だった。お互いの采配で相手を刺し殺そうとした、としか言えない「意思があるゲーム」を見たのはおそらく、J2のうちでは初めてだったんじゃないかと思う。
J2のうちしか知らない人が多くなっていた。その中で繰り広げられたこの年のいずれかのゲームによって、戦略・戦術・采配の意味、面白さ、知りたい、渇望した人は多かったように思う。おれもそうだったし、何年ぶりにか「面白いサッカーが見たいから、うちの試合を見に行きたい」という気持ちが芽生えた。

ロティとイバンとの旅は本当に本当に楽しかった。おれとて、今年の秋(H熊本戦~甲府戦あたり)には一度心が折れてしまったこともあったけど、振り返ればただただ愛しい記憶でしかない。
2人がおれに教えてくれたこと、クラブに植え付けてくれたこと、ステークホルダーへ語りかけてくれたこと、そしておれたちが二人に感じていたこと、目にも見えず手にも触れられないけど、間違いなく愛だったんだろうなと、ああ、愛だったなと今も噛みしめたままで、これがこの先に何が、誰が現れようとも、どうか続いて、途絶しなければいいなと思うんだよ。


◆PO大宮戦
町田戦の通訳の退場でヤッベーと思いこそすれ、今年もっともうまく「ハメ殺した」と思った試合はH大宮戦だったので、あれが再現できればなんとかなる、というのが試合前の正直なところ。不安要素は、前半戦にボコられたNACK5開催ということと、シモビッチ(敵としては大嫌い)。
試合自体は、90分間大宮に迷いが見えていて、おそらくあれは石井さんの迷いだったんだと思うんだけど、おれたちは「勝つ以外のことは眼中にない」状態だったのもあり、ここでも「ハメ殺した」感が強かった。もちろん内田の退場はビビりちらしたし、後半ATのあと数cmでゴール割られてたみたいなのは心臓止まりかけていましたね。
この辺にもなってくるとセットプレーを佐藤優平が蹴るようになってるんですけど、後半1本目の大宮ゴール左からのFKの時、彼は間違いなく目を細めてサポーターの顔を見ていた。物理的に太陽が眩しかったのもあると思うけど、間違いなくゴール裏と、バックスタンドの一角に集まったサポーターを見て目を細めていたんだよ。それから、香川が何度も何度も同じ場所で引っ掛けられていて、引っ掛けられる度に彼は吠えていたんだよ。自分自身もチームもサポーターも奮い立たせるように吠えてたんだよ。以前のうちならそこまでだったのに、なにかが起こるような気がしたし、起こるようになってしまったんだよな、本当にチームとサポーターの気持ちの多寡で何かが起こる可能性を秘めたチームになったんだよな…。

この試合、J'sGOALあたりに夕日の元、笑顔で抱き合うロティと井林の写真が掲載されているんですけど、それがあまりにも1年前の熊本での写真(泣きながら歩いている井林の頭を、前を向いたロティが抑えている)と対照的で、ああまったく逆の結末が待っているのかもしれないと、少し、思ったりもしたんだ。
あと場外闇市(チケット譲渡)は横目で見てたんですけど、ちょっとおもしろかったですね…。第三者だったら興味津々で見てしまうやつだな…。


◆PO横浜FC戦
レドミがいなかったとか、ものすごい寒かったとか、いつも警告の応酬になるとか、井林の失点待ったなしのミスとか、色んなことがあったはずなんだけど、後年、あのゴール以外の要素を覚えている人なんて一握りになるでしょう?
ずっとずっと、いつかの山岸のゴールを見た人はよく生きてるな…って思っていたんですよ、でも実際に目の前で起こってしまうと死んでる場合なんかじゃないんですよ。町田でPO出場権を取った時も大宮で勝ち上がった時もまだ泣いていい時期じゃないと思って泣かなかったし、この試合でもゴールの瞬間はそう思ったけど、ドゥグがこっちに駆けてくるのを見たらもう、まあ、ダメでしたね。前を向いても下を向いてもタオルで拭っても後から後から涙が出てくる。声もうまく出ない。
あのゴール、上福元が触っていたのもはっきり見えていたんですよ。その後、南に一度弾かれていたのも。「ダメなのか」って思った瞬間と、駆け込んだドゥグに「触ってくれ」と思った瞬間も鮮明に覚えている。これだけ覚えていて、シーズンの結果も出ているのに、今も「夢だったんじゃないのか」と思ってしまうくらい信じられないゴールだったんですよ。

本当にそれ以外のことは忘れていってしまうんだろうな。この試合の前日にカシマスタジアムで「磐田かよ…」って呟いたことも、全部。


◆PO磐田戦
なんと言ったらいいのか分からない、差があまりにもあって、遠すぎた。ただ、J1ではこんな試合が毎週毎週経験できてしまうのか、それはなんて魅力的なのかと思ってしまった。それは…おれにとってだけじゃなく、選手にとってもそうじゃないのかと思うんだよな…。だからおれは、これを経験してしまったから、経験した選手が2019年のチームにいてくれたらそれはもう心強くて、嬉しいけど、J1へ行くと決めてしまった選手がいても、何も、なにも言えなくなってしまった。

失うものも、得るものもすべてが大きい試合だった。


◆サポーター諸氏
前提として、おれはほとんどゴール裏にはいない。シーチケは指定のところだし、連れがいたらアウェイでも指定席にいる。その中で、たまに行くゴール裏で、今年明らかに変わったなと思ったことが一つ、怖くなくなったなということがある。別にここ数年は人が怖いとか雰囲気が怖いとかそういうのは一切なくて、ただ、以前まではどこにいても「東京Vを一人で応援している」ような気がして怖かった。今年、それが一切なくなったのはすごいな、今年のゴール裏は混じり気のない「東京Vへの応援」だったんだと思う。

今年のサポーターの発言で忘れられないことが一つだけあって、最終節の町田戦、キックオフ直前に「こんなに幸せな90分を戦える」と言ってたことなんだよな。POをかけて、これまでこんなに痺れる試合なかったって言いながら幸せな90分と言った。そのとおりだな。だからやっぱり、このゴール裏でJ1とか、タイトルがかかった試合を応援してえなと思ったよ。
おれは2019もシーチケは指定席でゴール裏にはあまり行かないけれど、お互い違う方向から東京Vを支えられたら幸せなことだと思って見ている。

ちなみに磐田戦だけは、やっぱり試合の特性上色々紛れ込んでしまっていて悲しかったりもしたんだけど、改めてヤジの似合わないゴール裏だなと思いましたね…。これがホームのゴール裏になってくるとヤジしたい人に居場所はなくて最高だからこれからはアウェイでもそうなっていきてえな。

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ふき

Jリーグを見に行った話と好きな選手の話しかしない備忘録用アカウント。 基本的に緑と鹿。
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