スクリーンショット_2018-04-11_22

【15】『君と夏が、鉄塔の上』


 京北線93号鉄塔は子供が立ち入らないように茶色のフェンスで囲われていて、えいやっと前後に伸ばした碍子連が可愛らしい。

 しかし、その93号鉄塔のすぐ後ろには、広場には似つかわしくないクレーンが一台、それと作業台と思しき背の高い鉄骨が四角く組まれていた。鉄骨の内側に灰色のコンクリートの柱が四本、天に向かって聳え立っており、その上にはほんのちょこっとだけ組み上げられた、紅白に塗られた鉄塔の脚が見える。

 ここに、新しい93号鉄塔が建設される予定なのだ。今は背の低い93号鉄塔が送電線を前後に張っているけれど、やがて完成する後ろの鉄塔へ引き渡されるのだろう。もう間もなく、この小さな鉄塔の碍子は取り外され、鉄骨も何もかもが跡形もなく消えてしまうと思うと、何ともやるせない気持ちになる。

 せめて写真に残さなきゃ─使命感に駆られ、僕は何度もシャッターを切った。

 そうやってあらゆる角度から鉄塔を写真に収めていると、ふと、僕と同じように小さな93号鉄塔を見上げている少年の姿が目に入った。

 真っ白い肌をした不健康そうな少年。血色の悪い顔を太陽に曝しながら、しかし汗一つ流すことなく空を見上げている。

 僕が視線を送っていると、彼もまた僕の存在に気が付いたようで、小さく片手を上げて挨拶をし、こちらに近付いて来る。

「やあ、伊達くん」

「やあ、明比古」

 彼の名前は財前明比古。僕と同じ中学校に通っている三年生だ。とは言えクラスが違うからか、学校ではあまり見かけたことがない。一見して病弱そうに見えるので、比奈山と同じくあまり学校に登校してはいないのかもしれない。


 彼と初めて出会ったのは、日差しもさほど強くなかった七月の初め、夏休みに入る少し前の頃だ。僕は課題をさっさと終わらせてしまおうと近場の鉄塔をぐるりと回っていた。

 鉄塔をぐるぐる回りながらデジタルカメラで撮影していると、送電線を見上げている明比古と出会った。その時の彼も今と同じように、小さく片手を上げて挨拶をしてきたように思う。

「やあ…………伊達くん」

 あの時、彼は僕の名前を呼んだ。あれ、知り合いだったかな─と記憶を辿ってみたけれど、どうにも思い当たる節がなかった。ただ、僕と同じく鉄塔好きなのかな、とだけ思っていた。

「ええと─」

 彼が自分の名を知っていたということは、つまり僕と彼は知り合いだということになる。彼の名前を思い出さないと、これは気まずいことになるぞ、と焦っていたのだけれど、僕の思惑などお構いなしに、彼はてくてくとこちらへ歩み寄って来た。

「キミ、この写真を撮っているのかい?」

 彼はそう言って、白く細い指で送電線を指差した。

「あ、あの……君は」

 暑さと緊張とで汗が止め処なく流れていく。おずおずと尋ねてみると、彼はほんの少しだけ目を細めた。

「明比古だよ。君と同じ学校の、財前明比古」

 明比古─そうだ。彼の名は明比古じゃないか。名前を聞いた途端、そう言えばどこかで見たかも、という思いがフッと湧き上がる。

「キミはこの─送電線が好きなのかな」

 明比古は僕が失念していたことなど意に介さず、今にも消え入りそうなくらい細い声でそう尋ねてきた。狐のように細い目の奥で、小さな黒い瞳が太陽に照らされて光っている。

「うん。まあ、これだけじゃないけど」

「詳しいのかな?」

「うん……まあ」

 明比古に尋ねられ、僕はこの送電線について知っていることをざっくりと説明した。鉄塔好きではなかったのが少し残念だったけれど、彼はうんうんと真剣な表情で頷いていて、僕は自分を棚に上げつつも、珍しい人間もいたものだと思っていた。

 その後、このあたりに川が流れていなかったか、とか、あそこに何々があったはずなんだけれど、と尋ねてきたので、それについても知る限りの情報を述べた後に、地理歴史部を勧めておいた。

 このあたりの地形については、部活の連中の方がずっと詳しい。しかし、その後彼が部を訪ねて来ることはなかったので、僕の弁舌はたいして心に響かなかったのだと思う。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 ここまで読んでいただけたことが、何よりの励みとなります! もし、ご支援をいただきましたらば、小説家・賽助の作家活動(イベント交通費・宿泊費・販促費など)にありがたく使用させていただきます。(担当編集・林拓馬)