文庫君鉄オビあり

【最終回】君と夏が、鉄塔の上



 たった一つしか取り柄のない僕だから、とにかくひたすらに頭の中を叩く。


 僕と帆月を繋ぐものがあるはずだ。どんなに離れていても、ずっとずっと繋がっているものがあるはずなんだ。


 頭の中で点と点を繋ぎ合わせ、線を描く。大丈夫。絶対に繋がっている。


「行こう」

 僕はソファーから立ち上がり、帆月の腕を取る。

「……どこに?」

 帆月は片方の手で、ごしごしと顔を拭いた。

「いいから」

 僕は半ば強引に引っ張り上げ、帆月をマンションの外へと連れ出した。

 そうして帆月を自転車の後ろに乗せて、必死にペダルを漕いだ。

 帆月はしばらく小声で文句を言っていたけれど、そのうち何も言わなくなり、その後はただ、流れる景色をじっと眺めているようだった。

 体中の節々が痛むけれど、そんなのどうだっていい。ひたすらに自転車を走らせる。このところ体を酷使してばかりだ。もっと鍛えておけばよかった。

 
 やがて辿り着いたのは、京北線94号鉄塔の側にあるいつもの公園だ。比奈山の姿は、もうすでにない。


「いったい、何?」


 帆月はぐっと眉根を寄せて、赤くなった目で僕を睨んだ。

 僕は帆月を鉄塔の真下まで引っ張っていくと、鉄塔の送電線を指差す。

「京北線を荒川の方へずっと進んでいくと、南川越変電所に向かうんだ」

「え?」

「そこから南川越線を進むと新所沢変電所に辿り着く。今度は500キロボルトの新所沢線で新多摩変電所に向かって、新秩父線で新秩父開閉所まで行く。そこから出ている安曇幹線─これは一回線が二ルートある珍しい送電線なんだけど……それをずっと進んで行った先には、新信濃変電所があるんだ」

 帆月が再び「え?」と小さな声を上げる。

「信濃って……長野?」

「そう。つまりさ、この京北線の送電線は、帆月が引っ越す先にある鉄塔の送電線と繋がってるんだよ。この公園と帆月の新しい家は、送電線で繋がってるんだ。僕は毎日鉄塔を見るから、そのたびに帆月のことを思い浮かべるだろうし、帆月も新しい家の近くにある鉄塔を見れば、この公園とか、僕たちを忘れることは、ないんじゃないかな」

 そこまで言って、僕は大きく息を吸い、盛大に吐き出した。こんなに一気に喋ったのは久しぶりだった。

「……本当?」

 帆月が窺うように尋ねてくる。

「本当」

 僕は大きく頷き、

「多分」と付け足した。

「多分なの?」

「僕はほら、知識だけだから」

 僕がそう言うと、帆月は、ふふ、と声を上げた。

 僕も、釣られて笑う。

「じゃあ、こうしようよ。一緒に送電線を辿ろう。距離があるからずいぶんと時間は掛かるだろうけど……そうすれば、ここから帆月の家までが本当に繋がっているかどうか分かるでしょ?」

「それって……デートの誘い?」

「え? あ、いや、そういうわけじゃ」

 僕がおろおろしていると、帆月は「繋がってなかったら、ひどいから」と、また笑った。

 その声が、その顔が、いつもの調子だったので、僕はそれが何よりも嬉しかった。

「あ」

 帆月が94号鉄塔を見上げて、声を上げる。

「どうしたの?」

 僕は、帆月の横に並んで、同じように鉄塔を見上げた。

「あれ、見えない?」

「何も」

 帆月が僕の手首を掴み、そして、僕の手を握る。

 その瞬間、僕の心臓が大きく跳ね、鼓動は一気に速まった。

 帆月はそんな僕を見て、にんまりと笑う。


 僕は、ほんの少しだけ強く手を握った。その手に、同じだけの反応が返って来る。



 そうして、二人して見上げた夏の高い空の下に、京北線94号鉄塔が凛と立っている。






《おわり》







【ご愛読、ありがとうございました! 賽助先生の次回作にご期待ください!】

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 ここまで読んでいただけたことが、何よりの励みとなります! もし、ご支援をいただきましたらば、小説家・賽助の作家活動(イベント交通費・宿泊費・販促費など)にありがたく使用させていただきます。(担当編集・林拓馬)