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【16】『君と夏が、鉄塔の上』

 

 それが、僕が覚えている初めての彼とのやり取りであり、それから彼と会うことは一度もなかった。もっとも、学校での僕は社交的な方ではなく、むしろ排他的と言ってもいいような暮らしぶりだったので、それが影響しているのかも知れない。



「やあ、伊達くん」

 彼は一ヶ月前と変わらず不健康そうな顔をして、僕に挨拶してきた。そしてまた、僕に質問を投げかけてくるのだった。

「この後ろに造っているのも鉄塔だよね? どうして二つ造っているんだろう」

 彼は京北線93号鉄塔の後ろに組み上げられている未完成の鉄塔を指差して言った。

「これは建て替えだね」

「建て替え?」

「うん、この小さいやつを壊して─」

「壊す? これ、壊してしまうのかい?」

 白い顔をぐいと上げ、明比古は背の低い鉄塔を見上げる。

「うん、もう古いから」

「そうなると、線はどうなってしまうんだい?」

「ああ、送電線ね。それはこっちに新しい鉄塔が建つから、そこに引き継がれると思うよ」

「引き継がれる……」

 明比古は顎に手を当てると、新しく造られている93号鉄塔の足場をちらりと見た。

 93号鉄塔は京北線の原型鉄塔─とくに古い鉄塔であり、昭和五年からずっと働き続けてきた鉄塔だ。しかしそれ故に、耐久年数にも限界が来ている。また、もしも荒川が氾濫した時のことなどを考えると、川の側の鉄塔は足場を高く組んでおいた方が安全性も遥かに高い。

 しかしこれで、このあたりの原型鉄塔は全部なくなってしまうことになる。
 記憶によれば、この荒川周辺には原型鉄塔が四基並んでいたはずだ。けれど今はどれも立派な鉄塔に建て替えられてしまっている。92号鉄塔に於いてはその存在そのものがなくなり、代わりにとても高い紅白の91号鉄塔が、その役割を引き継いでいるのだ。

「そうか。代わりがあるなら、よかった」

 そう言った明比古は、しかしその表情を変えることなく送電線を見上げていた。

 彼が何を考えているのか、僕にはさっぱり分からない。帆月と比奈山もよく分からないし、最近の僕の周りはわけの分からない人だらけだ。分かりやすいのは、地理歴史部の部長である木島ぐらいか。

「明比古はどうしたの? 土手を散歩?」

「うん、そんな感じかな」

 明比古は送電線を追うように視線を動かし、土手の先にあるであろう荒川の方へと目を向ける。

「新しい鉄塔はいつ完成するんだろう」

「ううん、まだもうちょっと掛かると思うけど……何よりまず鉄塔を組み上げないといけないしね」

「そうか……もうちょっとか」

「うん。だからそれまではこの鉄塔も現役のままだと思うけど」

 そうか、と意味深な顔で明比古は呟くと、目を細め、口の端を持ち上げた。笑顔のはずなのに、どうにも笑っているように見えないのは、明比古の顔がビスクドールのように白くて人工的だからかもしれない。

 太陽は今や南中を迎えようとしていて、陽光を受けた芝生から蒸すような熱気が立ち上っている。体中から延々と汗が吹き出し、このままここに立っていたら熱中症になりかねない。

「それじゃ、そろそろ行くね」

 僕が言うと、明比古は「また今度」と片手を上げ、小さく振って見せた。僕なんかよりもずっと貧弱そうだけれど大丈夫なのかな、と思いつつも、僕は土手を上って93号鉄塔を離れ、94号鉄塔の隣にある日陰を目指す。

 背後からキン、と金属バットがボールを打ち返す音が聞こえた。

 再び公園へ戻ると、園内に人の影があることに気が付いた。それは帆月と比奈山で、僕は咄嗟に木の陰へと隠れた。どうして隠れたのか、自分でもよく分からない。けれど、公園内に入る機を逸した気がして、しばらくじっと木の陰から二人の姿を窺っていた。



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