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【14】『君と夏が、鉄塔の上』

 

 帆月は急に真剣な口調になって僕を叱った。
 

 意味がない、と言ったのは僕ではないのだけれど、何も言い返せなかった。帆月の旺盛な好奇心の源を垣間見た気分だった。

「分かった?」

 帆月の言葉に、僕は再び大きく頷いた。「よろしい」と彼女も頷き返す。

「じゃあ、手始めにやれることからやりましょう」

 どうして敬語なのかが気になったけれど、それには触れずに「やれること?」と返すと、帆月は笑って、

「伊達くんが今出来ることは、自転車で空を飛ぶことでしょ」

 と、満面の笑みを見せた。



 次の日。

 再び自転車にまたがり、94号鉄塔横の公園へ向かう。

 青空に一つ、厚い雲が城のように聳えていて、夏の空は高い。昨日とほとんど同じ時間に到着したのだけれど、公園には女の子が一人砂場で遊んでいるだけで、他には誰も来ていなかった。

 昨日は、どうにか帆月の意識を鉄塔の子供へとそらし、早々に公園から退散した。自転車で空を飛ぶなんてまっぴらだ。それでも、今日もこうしてここへやって来てしまったのは、昨日の帆月の言葉が心に残っていたからかも知れない。

 公園の入り口に自転車を止めて、フェンス側にあるベンチの前に立ち、鉄塔を見上げてみる。僕一人では、やはり男の子の姿は見えなかった。頭頂部の腕金をじっと見つめても、僕の視界には、鉄塔と、その向こうの高い雲が映るだけだ。

 ふと思い立ち、この公園の周辺を探索してみることにした。ひょっとしたら、何か手がかりがあるかも知れない。

 公園の中から外を見渡してみると、砂利の敷かれた駐車場の先に、少しだけ木々の生えた孤島のような場所が目に留まった。

 昨日は鉄塔に夢中であまり気にならなかったけれど、どうしてそこだけに木が生えているのだろう。駐車場にもならず、田圃にもならず、その一角だけが手付かずで残されている感じだ。

 僕は公園から外に出て、止めた自転車の横を通り過ぎ、木の生えている場所へと移動した。近づいてみて分かったのだけれど、高さが鉄塔の半分にも満たない木々の間に、ちらちらと赤いものが見える。何だろうとさらに近寄ると、その赤いものは箱の形をしていて、箱の上には屋根が付いていることが分かった。

 ぐるりと箱を回り込んでみる。すると、屋根の付いたその赤い箱の正体が分かった。

 箱の前には小さな狐の像が二体、対になるように置かれていた。どれくらいの年月を経たのか分からないけれど、石で出来ているはずの狐は苔むして緑がかっている。右側の狐の前には、これまた小さな石灯籠があり、箱の正面にあたる場所には、屈まなければ潜れないくらいの小さな鳥居が立っていた。鳥居の額束には何やら文字が書かれていたけれど、辛うじて「社」という字が読み取れる以外は何も分からない。

 赤い箱は、小さな社だったのだ。このあたりの誰かが大切に信仰しているのか、赤い色は塗られたばかりのように綺麗な発色をしている。木々に囲まれたうっすらと暗い空間で、その赤の色が怪しく光っているようで、僕は急に怖くなり、木々の蔽いから外へ抜け出した。

 再び公園へ引き返す。ひょっとしたら誰か来ているかとも思ったけれど、相変わらず女の子が一人砂場で遊んでいるだけだった。

 今度は反対側、荒川方面へ向かってみる。土手にはそこらじゅうに草が茂っているけれど、何度も土手を人や自転車が登ったからか、草が均されて轍になっていた。

 一歩ずつ丁寧に歩を進めて土手を登りきると、そこは広大な秋ヶ瀬公園が広がっている。荒川左岸には堤防が二つあるから、僕が立つ外側の土手からでは、荒川の流れを眺めることは出来なかった。

 荒川は埼玉から東京へ流れ、やがて東京湾へと至る日本有数の一級水系であり、またとても洪水の多い川だったらしい。こちら側に堤防が二つある理由は、荒川第一調節池があるためで、その調節池がゆったりと水を湛えている姿のみがちらりと窺える。

 その貯水池の手前に、94号鉄塔から送電線を受け取っている小さな93号鉄塔がある。料理長型の94号とは違い、その頭は三角形をしていて、三角帽子鉄塔と呼ばれる鉄塔だ。恐らく多くの人が、鉄塔といえばこの形を想像するだろう。

 荒川左岸に立つ93号鉄塔の周りは、のんびりと芝が広がる広場になっている。芝の一角には砂利が敷き詰められていて、野球場のようになっていた。土で出来た野球場とは違い、近代的な広場といった趣がある。僕は土手をゆっくりと降りて、ノックの練習をしている親子連れを横目に、93号鉄塔の足元に立った。




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