息子 マルコ 齋藤 路恵


 マルコは産まれたときに、ペニスがついていた。そのため、マルコは息子として育てられた。
 マルコの父親は機関車技士だった。マルコは父に厳しく育てられた。父はときにマルコを厳しく責め立て、ときにマルコを殴りつけた。後年になり、マルコは父は愛情の示し方を知らないのだと思うようになった。だが、わかったところで、父への憎しみは変わらなかった。
 マルコは十代後半のあるとき、自分に対する父の態度がわずかに変化しつつあるのを見てとった。マルコは試してみようと思った。自分が死んでも構わないと思った。
 こうして、マルコは父を殺した。
 マルコはやがて母を娶った。母はマルコに自分の守護を要求した。それは母にとって自分の肉体を差し出すことであった。母は守護を要求するとは肉体を差し出すことだと固く信じていた。それ以外のやり方があるとは思っていなかった。従属だけが母の知る唯一の生存方法だった。
 だから、マルコは母を抱いた。母の求めるまま、母を何度も抱いた。マルコが父を殺したのだから、マルコが母の面倒を見るのは当然だと思った。母にとって、マルコは守護神、神に等しい存在であった。母は神に供物を捧げるように、恍惚の表情でマルコに身体を投げ出した。
 マルコは老いてたるんだ母の肉をかき抱き、肉の隙間に指を差し入れた。母の肉は暖かく生臭い生命の臭いがした。が、気持ちよくはなかった。
 マルコは性的喜びを知らなかった。マルコは、他の同じくらいの年頃の若者が、性に夢中になっているのを知っていた。
 マルコはよく勃起した。なぜ勃起するのかはよくわからなかった。マルコは死への恐怖が勃起を起こすのではないかと考えた。
 マルコは死を乗り越えようとした。不意の勃起が起きたとき、なんとか射精しようと努力した。一時間ほどかかり、ようやく射精した。だが、それで恐怖にうちかったとは思えなかった。
 母の中に出す射精と同じ、虚しい射精だった。マルコは何万という死んだ精子のことを思った。
 マルコの唯一の性的妄想はペニスを切り落とされることであった。忌まわしい血縁上の父とは違う、真の父にペニスを切り落とされることであった。鋏、斧、鋸。さまざまなものでペニスが切り落とされることを想像した。激しい痛みとともに切り落とされるペニス。それだけがマルコの知る性の喜びであった。ときどきはその妄想で射精した。マルコは自分が人並みの人間になった気がした。
 そうしてさらに何年かが経ったとき、マルコは家を出ることにした。生温い肉の襞の中の人生はゴメンだと思った。
 マルコは母を説得し、新しい街で新しい暮らしを始めようと言った。母は最初不安がったが、守護神のいうことに最後は同意した。母は不安を埋め合わすように、また、マルコの愛撫を求めた。マルコは母を抱き、濡れた肉襞をこねた。
 母とマルコは近所に挨拶をして回った。街での最後の晩、母とマルコは鳥を締めて、豪華な夕飯をいただいた。
 その晩、マルコは母を絞殺した。母はマルコの隣で、裸で、無防備に眠っていた。母の裸は剥いた鳥にそっくりであった。
 マルコは、ふと、母の肉をスープにしたい衝動に駆られた。そのようにして、食べることが母の供養になる気がした。正しい食物連鎖の中に母を置くこと。それは自然に適った美しい死に思えた。
 だが、マルコは母肉をスープにはしなかった。何よりもまずマルコは母の肉を食べたくなかった。マルコは自分を冷たい人間かもしれないと思った。だが、食べたくないものは食べたくないのだった。
 母の顔を潰して、死体を川に捨てた。魚が食べれば少しは供養になるだろう。
 こうして、マルコは旅に出た。最初は行く場所を考えずにフラフラ歩いた。金がなくなると日雇い労働をしたり、男性相手に売春をした。
 売春はあまりおもしろいものでもなかった。が、母との性行為では必ずマルコは攻める側であった。マルコは受身の性行為を求められると微かに安堵し、自分がまともな人間になった気がした。
 そうしているうちに、マルコは自分の求めているものに気がついた。父である。血縁の父とは違う、完全なる父である。そしてまた、弟である。自分を信じ、仰ぎ見るが、性交を求めない弟である。
 それはずいぶんとステレオタイプな家族観であった。だが、マルコはステレオタイプな普通の人になりたかったので、そのような妄想を受け入れた。
 マルコは、自分の真なる父を求める心は、機関車を愛した血縁の父に似ているような気もした。だが、そのことには蓋をした。考えないようにした。
 真の父はどこにいるかと考えたとき、最初に浮かんだのは海であった。巨大な魚や人を凌駕する鯨、そうしたものは真の父にふさわしいと思えた。
 マルコは人間が真の父たることは無理だろうと思った。宗教の中に真の父がいる可能性もあったが、マルコは何かを崇めるのは好きではなかった。母を思い出すからだ。
 弟はもしかしたら、小さなこどもの中にはいるかもしれない。だが、マルコは小さな子どもに近づくのが怖かった。自分はそのこどもに性交を求めるかもしれない、強姦をするかもしれないと思ったからだ。
 犬はどうだろう、とマルコは考えた。マルコは今まで犬に性欲を抱いたことはない。犬なら大丈夫かもしれない。本当に犬としたくなったら、そのときはそのときだ。また、考えよう。
 しかし、とマルコは考えた。犬を連れたまま舟に乗るのはむずかしいかもしれない。第一自分を乗せてくれる舟などあるのだろうか。
 だが、犬を飼うのはとてもいいアイディアに思えた。諦めるには惜しかった。マルコは海ではなく山に行くことにした。猟師はよく犬を連れている。これなら、いいかもしれない。
 マルコは保健所から犬を貰ってきた。係りの話をよく聞いて、できるだけ猟犬に向いていそうな仔犬をもらってきた。しかし、マルコは犬に名前をつけるのが怖かった。なので、マルコは犬を単に ヤング と呼んだ。
 こうしてマルコとヤングは山に向かった。 その後のマルコの行方は誰も知らない。
 あるいは、マルコはドラゴンボールを七つ集め、願いを叶えたとも言われている。
 このような話には、どのような結末も、陳腐でしかない。

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