斉藤紳士

お笑いと小説。 第60、61回群像新人文学賞、第43回すばる文学賞、第125回文學界新…

斉藤紳士

お笑いと小説。 第60、61回群像新人文学賞、第43回すばる文学賞、第125回文學界新人賞最終候補の最多落選ピン芸人。

最近の記事

もっと人間的に生きるために

重苦しいタイトルにしたのは最近のSNSを見ていてとてもしんどいからです。 どう考えても健全ではない。 こんなことは多くの人が言及しているのだから、いちいちもう言う必要はないのかもしれません。 だけどね、SNSはね、とんでもないですよ。 談志師匠の名言に「酒が人間を駄目にするのではない。人間は元々駄目だということを教えてくれるものだ」というのがあるが、SNSもまさにそれなんだと思う。 なんと言っても匿名性が強い、というのが何よりも人間の愚かさを浮き彫りにする。 僕のような無名の

    • さよなら2023年

      大晦日です。 一年で一番楽しくて、朝からソワソワワクワクする日です。 だけど、カウントダウンが終わったら一気に冷める、そんな日です。 2023年が終わります。 今年は何か達成できたような、全く何も出来なかったような一年でした。 ここのところ、いわゆる「静観」のような日々が続いていたのですが、来年からはまた「活動」していけたらいいな、と思っています。 人間は楽な方に流れがちです。 でも、もう45歳なんです。 ぼちぼち自分をきちっとコントロールして、向かうべき方向へ進まないといけ

      • おぱんちゅうさぎの悩み

        映画とドラマと小説と漫画との関係性をよく考えます。 小説が映画化したときなどはよく「原作」とクレジットされたりします。 宮部みゆきさんなんかはそれがちょっと嫌だ、と言ってました。 映画になることを想定して小説を書いているわけではないし、小説の方が映画よりも下に見られている感じもする、小説は小説という形で完結していると。 確かにそうですよね。 小説とは文章だけで読み手に想像させる媒体で、映画は俳優さんが役を演じ、監督がその構成を考え、見せ方を考えて映像にする媒体。 もっといえば

        • 招待状のないショー

          「俺が死んだら闇の銀河に誰を招待する?」 桑田佳祐さんの『鏡』という歌の一節です。 いい歌詞ですよね。 ホント。 「歌詞の意味」なんて詮索するのは無粋極まりないので、本人の口からでの解説でもないかぎり、受け取り方は人それぞれでいいと思います。 僕はこの歌を聴くと「もう会わない人たち」のことを考えてしまいます。 今まで生きてきた中で、ひと言でも会話をしたり、時には友達になったり、もっと親密になったり。 でも、おそらく、もう二度と会わないだろうな、と思う人っていますよね。 そ

        もっと人間的に生きるために

          わてほんまによう言わんわ

          今日は阪神の話題になります。 いや、そらそうよ。 はっきり言うて。 だってね、ファン歴は45年目ですよ。 いや、正直言うとね、それはね、あんまり覚えてないんですよ。 だってね、生まれた時からファンや言うても実際には違うやんか。 だってまだなんにもわかってへんねんもん。 でもね、これ言うと全く信じてもらわれへんのやけど、俺ね、生まれて数ヶ月の頃の記憶あるんよ。 いや、厳密に言うとずーっと頭の中にある記憶があって、これが夢で見たことやったんか、実際あったことやったんか、なんか分か

          わてほんまによう言わんわ

          一週間の概念と38年ぶり

          何曜日でもチャンネルぱちぱち回していればあなたに会う。 会えない日には僕があなたに代わっておどけてみせる。 これはTHE BOOMの「君はTVっ子」という歌の歌詞です。 何が言いたいのかと言うと、もう、曜日とかそんなんどうでもええやん、ということです。 時間なんて概念なんです。 そんなものに縛られていてはすぐに人生が終わってしまいます。 セネカも言っています。 「人生が短いのではない。我々がそれを短くしているのだ」 さらに 「明日を考えて、今日を失う」 もう一つ 「年をとっ

          一週間の概念と38年ぶり

          忍法牛丼屋入り

          まさに今日あった出来事。 牛丼屋に入りました。 僕が入ったのとは違う入口から大学生らしき三人も入店しました。 大学生たちはテーブル席へ、僕はカウンターに座りました。 お客さんはこの二組だけ。 愛想の悪い女性店員はスグに水の入ったコップを三つ持ってテーブル席へと向かいました。 そして。 その後、厨房の店員と談笑。 僕は振り向き、厨房を睨みつけ「僕もいますよアピール」。 若干目が合ったのではないかと思うほど女性店員の顔の向きはカウンター方向へ。 「すみません」と手を挙げる大学生。

          忍法牛丼屋入り

          群像新人文学賞とアホとR-1について

          脱稿です。 脱稿。 今年は3年ぶりぐらいに群像新人文学賞に作品を送りました。 毎年、気負いすぎて結局作品が完成しない、というスパイラルにハマっていましたが今年はなんとかなりました。 あとは祈るのみです。 ほらね。 ちゃんとやってるんです。 YouTubeで毎日小説の紹介をしながら賞の締め切りも守っている。 僕はきっちりやっているんです。 それなのに、何もやってない人に限ってごちゃごちゃ言ってくる。 今週もいたんです。 後出しジャンケン当たり屋が。 今週のいちゃもんは松本清張さ

          群像新人文学賞とアホとR-1について

          後出しジャンケン当たり屋

          後出しジャンケンはずるい。 そんなことは誰しも知っているはず。 だって相手の出方をじっくり見た上で攻撃ができるから。 今ネット上にあるいざこざのほとんどはこの構図になっている。 というか、SNSの性質上ならざるをえない。 誰かの記事に対してもっともらしく正論をふっかけ、「あなたは間違えている」というのは後出しジャンケンなのだ。 ……とここまで読んだあなたは思っただろう。 そもそもネット上で意見を言うことはジャンケンとは全く関係ない、と。 そうなんです。 そもそもSNSを投稿す

          後出しジャンケン当たり屋

          月曜日のユカ

          月曜日は嫌われている。 とても嫌われている。 多分、ゴキブリぐらい嫌われている。 そんなことはないか。 でも、かなり嫌いな人は多いと思う。 理由はただひとつ。 休み明けの日だからだ。 学生時代がどうだったか覚えてはいないが、確か普通に授業はがっつり六時間あったし、朝礼もあったし、いきなり結構みっちりスケジューリングされていた記憶がある。 文部科学省に言いたい。 もう少しヌルッと始めませんか? つまりね、ゆっくり月曜日を始めるんです。 アイドリングって必要だと思うんですよ。 例

          月曜日のユカ

          逆万歩計

          散歩が趣味です。 というと、ひと昔前は「おじいちゃんか!」と笑われた。 少し前には「ウォーキングは体にいいもんね」とやや肯定派が現れはじめた。 今や「もしかしてこの人は天才なのでは?」とまで思われるようになりました。 理由は? ネットなどで色々な情報が行き交うようになり、「散歩は無駄な行為」という間違った見方から、「健康に良いこと」に昇格し、その後「天才たちが必ずやっていた習慣」にまでのし上がったからです。 古代ギリシャの哲学者たちはよく歩きながら講義をしていたそうですし、著

          どこがリニューアル?

          リニューアルしました。 何を? YouTubeチャンネルをです。 どういうリニューアルかというと、今までお茶濁しのようにやっていた企画を廃止して、中身のある動画をたくさんアップすることになりました。 最初からせえよ、という話ですが、実は最初の頃はその予定でした。 精読した文学作品を丁寧に紹介する。 そういうチャンネルにしようと思ってました。 ところがやはり人間とは楽をしたがる生き物なのですね。 座ってダラダラ「雑談回」と称して小説の話をしていても一定数観てくれることを知ったの

          どこがリニューアル?

          勿忘草

          やっぱり忘れる。 すぐ忘れる。 まだ二回目なのに。 ただ、深夜は地続き。 だからこれは月曜日アップなのです。 なぜ人間はすぐに忘れてしまうのでしょうか? 忘却の生き物なのか? などと訳知り顔で言う人がいますが、そういう人には反論したいのです。 鶏なんて三歩で忘れるんだぞ。 そう言いながら、心のどこかではうっすら「それってホンマなんかな?」と思ってたんですよ。 どうやって調べたんかな?って。 二歩でも四歩でもなく三歩で忘却する。 そんなことどうやって調べたのだろう?って思い

          おどろきしぱた

          生まれて初めて読んだ本は何だったか覚えていない。 「おおきなかぶ」だったか「モチモチの木」だったか、いずれにせよ絵本だったと思う。 それから漫画になって「キン肉マン」や「ハイスクール!奇面組」を読むようになった。 子供の頃から漢字が得意だったのは漫画を恒常的に読んでいたおかげだと思っている。 例えば小学校2年生のときには「冗談」という漢字が読めていた。それ以外にも小学校低学年では習わないような漢字をたくさん知っていた。 「ハイスクール!奇面組」には漢字の読み仮名がついていたの

          おどろきしぱた

          コンビニ人間

          僕は他人のモノマネが得意です。 こう言うと「お、誰のモノマネが出来るの?」と好奇の目で見られる。 だから絶対に口外はしない。 というか、周りが期待している「モノマネが出来る」と僕の思う「モノマネが出来る」との間にはずいぶんと深い溝がある。 「モノマネが出来る」イコール「有名人のモノマネが出来る」と思うのが至極当然なのだろう。 まあ、確かにそうなのだろう。 ただ僕は有名人のモノマネは一つもできない。 なぜならモノマネしたい、と思う有名人がいないからだ。 だけど僕はモノマネが上

          コンビニ人間

          トーニオ・クレーガー

          本当は知らなくていいことってあると思う。 今の世の中は正しいこと、正確なことばかりを追い求めている気がする。 「嘘も方便」なんてのはとっくに死語なのかもしれない。 それは動画でも言ったけど、例えば小説のタイトルを少し間違えて言ってしまったり、言葉を噛んでしまったり。 そんなことに目くじらを立てて問いただすのが果たして善行なのだろうか? 「粋」じゃないなぁ、と思う。 落語に出てくる八五郎や熊五郎の言動を見て、今の人たちは笑えなくなっているのではないか、と思う。 「なんでそんなこ

          トーニオ・クレーガー