つるはしを売る奴よりも「伝説のつるはしでーす」と嘘をつく奴よりも、「伝説のつるはしだなんて嘘だ」と騒ぐ人こそ何とかならないかな。

 年始の地震のデマの拡散の話で「ネットは『批判されること=注目が稼げる』という発想でやっている人間が多いから、本当にそれが広まるべきではないと思うのであれば注目は払わないほうがいい」ということを書いた。

 今のネットは「ひと言言いたい、関わりたい欲を抑えきれないこと」を注目を稼ぎたい人間に利用されている構図がある。「その物事についてどう思うか(自分の意見)」よりも先に「その物事を拡散することに加わるか」を考えないといけない。
 これだけ「アテンションエコノミー」という語が出回って↑の構図も問題になっているのだから、「拡散すべきじゃないと言っているものを批判しているが、拡散に加担するつもりはない」と言われても(五、六年くらい前ならまだしも)正直、信じられない。

 批判している人は「ほっておけというのか」と思っているのかもしれないが、それは「この動画(や記事)が広まってはいけないという思い」よりも「自分の正しさを誇示したい欲」のほうが強いということでは、と思ってしまう。
 諸々の問題があるなら、プラットフォームのアルゴリズムや規約を批判するとか通報するとか他に方法があると思うんだけどな。
 効果が乏しいのかもしれないが、少なくとも自分が問題があると思っているものを拡散することに加担しないで済む。

 ネットの趨勢を見ていると、良くも悪くも素人がやっていることや〇〇のコピーみたいなものはそれをすることが金銭的に割に合わなくなる時代がくると思う。動画もブログもSNSもそうなりつつあると感じる。2010年代がちょっと異常だっただけな気がする。

 なので、金が掘り尽くされた後につるはし買うような奴のことは放っておけばいいのに、と思ってしまう。
 なぜ「その伝説のつるはしは偽物だ!」ってわざわざ駆け寄るんだ。駆け寄る人がいると、「今時、わざわざあんなつるはしを買って伝説のつるはしだって言う奴がいるんだねえ」と言っている人まで、駆け寄る人が面白くて見に行く→人だかりを見て人が寄っていく→拡散される……というのが、ネットの仕組みだ。 
「伝説のつるはしとふかせば『嘘だ!』と言いたくて寄ってくる奴がいるから、うまくいけば有名になれる」という廃れた回路を復活させないで欲しい。
 つるはしを売る奴よりも「伝説のつるはしでーす」と嘘をつく奴よりも、「伝説のつるはしだなんて嘘だ」と騒いで注目を集める人こそ何とかならないかな、と思う。

 ちなみに「それは『この動画(や記事)が広まってはいけないという思い』よりも『自分の正しさを誇示したい欲』のほうが強いということでは」と聞いた時に「その通り。自分はこの広まってはいけない動画が広まることを防ぐよりも、拡散に加担してでもこの動画が正しくないと批判する自分の姿を世に誇示したい」そうはっきり言う人は個人的には余り嫌悪感がわかない。(やっていることは最低だとは思うが)

 それとは逆に正しさを唱えながら平気で他の人に損害を与えたり、悪い時には他人の領域(内面)に侵入したりする、自己の矛盾や悪性にまったく無自覚な人間には嫌悪を抑えきれない。 
 自分も自分で、こういう人を見かけてもスルーする訓練をしなくちゃなと思う。
 以前は見かけるごとにドス黒い記事を書いていたからそれに比べたらだいぶマシになった、はず。たぶん。

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