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「ドラゴンクエストビルダーズ2」のリックは、ルサンチマン好きの血を騒がせる。

*本記事には「ドラゴンクエストビルダーズ2」のネタバレが含まれます。ご注意ください。

 オッカムル島とは打って変わって、大満足の面白さだったムーンブルク島。
 主人公とシドーの関係が良すぎて気絶しそうだ。城の建築とか心の底からどうでもいいので(スマンな)早く二人の仲直りが見たい。
 主人公とシドーの関係についてはクリア後まで取っておくとして、今回はムーンブルク編の裏切者・リックについて語りたい。

 ムーンブルク編の終盤で、リックが裏切り者であることが判明する。
 しかしリックが死んだあと、その死と裏切りについてアネッサと王以外は誰も言及せず、ショックを受ける描写すらない。
 怒ったり責めたりしたほうがまだ救いがある。
 裏切られたと怒るのは、仲間として信頼していたことの裏返しだからだ。

(「進撃の巨人」10巻 諌山創 講談社)

 リックは誰もその内面に興味を持たない。アネッサ以外の人間は、リックの存在そのものに興味がなかったとしか思えない

 リック自身も「死ぬのが怖い」以上の心境や背景を語ることもなかった。
 魔物にしてもらって「ありがとうございます」と叫び、仲間たちにタコ殴りにされて、いまわの際に思いのたけを語ることもなく死んだ。
 驚くほど「ただの小悪党」だった。
 この扱いの軽さを見て、それまで無関心だったリックに突然興味がわいた。

 スパイは「中枢に潜り込んで有益な情報を得るために、誰よりも組織に奉仕する優秀で忠実な存在でいなければいけない」という矛盾を抱えている。

 史上最も成功したテロリスト組織である、ロシア革命運動前期の社会革命党(エス・エル党)戦闘団を率いたアゼフ(略)
 ところがこの(略)アゼフが、実は帝政ロシア秘密警察(オフラーナ)のスパイだったのである。(略)
 アゼフも松村も自己矛盾の極限の中で生きねばならなかった。
 どちらも優秀なスパイとしてとどまるためには、組織内で指導的地位を保たねばならなかった。そして組織内で指導的な地位を保つためには、組織をその本来の目的で成功させなければならなかった。

(「日本共産党の研究(二)」立花隆 講談社 P45-46/太字は引用者)

「進撃の巨人」のクルーガーやライナーのように、本来の味方と対立し、違う人間を何年にも渡って演じなければならない。

(「進撃の巨人」22巻 諌山創 講談社)

 ライナーが自分が壁の外から来たのか、元から壁の中にいたのかわからなくなる描写があったが、「矛盾した状況でい続ける」のは精神を追い詰めるキツさがあるのだと思う。

 松村は自分が育ての親となった組織に対して、意識的に日常的に死神の役を演じつづけねばならなかったのである。
 これは常人の神経のよく耐えるところではあるまい。
 同じ体験をしたアゼフは、死の直前に、ノートにこう記していた。
「わたしは無辜の人間が耐えうる不幸のなかでも最も恐ろしい不幸を体験してきた」

(「日本共産党の研究(二)」立花隆 講談社 P47/太字は引用者)

 長い年月をかけて組織の中枢にまで入り込み裏切りを働くということは、強い信念と正しさの確信がなければできない。クルーガーがそうだったように。
 そういう人間でさえ「双方の仲間を裏切り続ける」という矛盾を一身に背負うのは「最も恐ろしい不幸」なのだ。

 ところがリックの言動からは、こういう矛盾を抱えている自己葛藤、そういうものを踏まえてでも仲間を裏切り続けたのは何故かという背景や強烈な思いがまったく感じとれない。
(スパイであるという)二重性を抱えている設定なのに、背景や言動が単調なのだ。

 自分がリックというキャラを面白いと感じるのは、話を単純化するためならむしろ「それらしき適当な背景や思い」をベラベラ話したほうがストーリーとしてはスッキリするのに、ほとんど何も話さずに死んだところだ。

 どう考えてもアンビバレンツは思いを抱えていたはずなのに、ただの小悪党として、複雑なことは何も語らずに死んだ。
 そして仲間たちもそのリックの思いに沿うように、リックが死んだあとそれまで通りの明るさで戦いや建設を進めていく。
 王とアネッサ以外は、リックのことにほとんど触れない。
そんな人間は始めからいなかった」
 そう思っているように見える。

 最終決戦の前に、アネッサは主人公に自分が幼いころからビルダーに憧れ教団を倒すつもりでいたと話す。
 話した後「ふう、ようやく言えたぞ。本心を隠すのがこれほど大変とはな」と言う。
 これはリックの心境の代弁でもあると思う。

「リックが複雑なことを何も語らずに死んだこと」と「仲間たちがリックに言及しないこと」は、ストーリー的にどちらも不自然だ。
 どちらも不自然だからこそ、この二者の態度はその不自然さによって妙に噛み合っている。
 リックは自分の気持ち語っても仕方がない、わかるはずがないと思い何も語らず小悪党として死んだ、そのリックの気持を知っていたから仲間たちは死んだ後はリックの存在に一切触れない、そして立場は真反対だが同じ状況にいたアネッサだけが自分の気持ちとして「騙す苦しさ」を語り、わからない部分は「わからない」と語る。
 自分がもしリックの立場だったら、下手にわかられようとするくらいなら「お前の気持ちなどまったくわからんし知ったこっちゃない。クソ野郎、〇ね」と思われていたほうが割とマシだ。
 リックもそうだから何もしゃべらずに死んだのではないか。

 リックは何も語らず最初からいなかったかのように消えた。
 だが死んだ後も、場を歪ませる空気として「そこにあるのに誰もが目をそらす都合の悪い不自然さ」としてずっと存在し続ける。
 表に出すことが出来ず解消されなかった負の感情は、解けない呪いのように、明るい物語をどこかいびつで不気味なものにする。
 ムーンブルク島のストーリーは、自分の目から見るとどこか不自然でぎこちない。
 こういう不自然さ、明るく装われた雰囲気の下に澱む薄暗さが大好きだ。
 ルサンチマン好きの血が騒ぐぜ。

 そう考えると、呪いが綺麗に解消されて「いい話」に回収されてしまったオッカムル島編のメドーサボールは本当に不憫だったな。

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