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今日読んだ本19/05/12『地球星人』村田沙耶香

友達に勧められて読みました。
このときは山尾悠子を読んだ直後で、精神世界にあらざるものをあらしめる感覚がとても敏感になっていました。そのため、起きていることがわかりやすいこの物語は極端に生々しく、肉を持って立ち現れ、目眩がしそうでした。

感想を何点か。めちゃくちゃネタバレします。

まず、「生き延びなきゃ生きられない」および「人間工場」について。
子どもは親に頼るなどして生き延びなきゃ生きられない。いつになったら生き延びなくても生きられるようになるんだ。大人だってなんとか生き延びている気がする。
主人公のこの絶望に強く共感します。そして恐らく現実に多くの人が生き延びなきゃ生きられません。この言葉は呪いで、これに気づかず生きているつもりで生きていた読者にとっては絶望を突きつけられた形になります。
そしてなぜ生き延びることが容易でないかというと、この世界が「人間工場」だからです。人間工場において富または生命を産むというかたちで価値を生産しなければ、不良品とみなされ廃棄されます。廃棄の現実的な形のひとつは餓死です。
この構図は現代における生きづらさの最もわかりやすい形を切り取って神話に仕立て上げているように感じます。社会が個人に要求するふるまいに適応できなければ死ぬ。適応できない人間は絶えず苦痛を感じながら、要求にこたえる。適応度が一定以下の人間は苦痛が死の恐怖を上回る。
主人公もまた死が救済になる人間のひとりだったのでしょうが、由宇との契りによって生き延びることを余儀なくされました。
人間工場による品質管理を僕は「手段化」と呼んでいます。社会という大きなものが、その維持のために個々人を手段とすること。いま社会は納税し、消費し、生産し、増殖する存在という手段で、その活動を維持するという目的を果たしています。個々人の願いが集合して社会が形成されるという順番でなくなっているでしょう。
そして主人公が一度もそうしようと考えなかったように、これは絶対に覆らないのです。
作中で与えられている選択肢は、洗脳されるか、逃避するか。逃避の果ての結末はアレです。

次に、由宇について。
主人公に感情移入して読み進めると、あれだけ自分のことをわかってくれた由宇が常識人になってしまったことに凄まじい寂しさを覚えました。どれだけ智臣が重要人物であっても、読者としての自分の感情は由宇との関係性に影響され続けました。智臣がいても、由宇がいてくれなければ孤独。由宇がついてくると言ってくれた時には勝利の爽快感すら感じました。
そしてこう感じる背景には、普遍的な物語の構造があるのではないかと感じました。ジョゼフ=キャンベルの『千の顔を持つ英雄』で言及されている、世の中の伝承や物語で見られる構造です。主人公が親と悪に挑み、一度は敗れるも武器を手にしてヒロインを取り戻し、最後には勝利する。『地球星人』は実はお手本のようにこの構図を当てはめられるのではないでしょうか。智臣は武器で、由宇がヒロインなのです。ゆえに由宇との関係性に一喜一憂してしまう。
この美しすぎる構造に不気味さを感じました。そもそもこの物語を書いている作者の村田沙耶香さんが綺麗な女性であることが、率直に言って怖いです。あくまで個人の感覚として。何も持たない、不良品だからこそ得ている絶望を理解されてしまうこと。この絶望は私だけのものだ、というわずかな救いすら奪われていく。そしてそれを、完璧で美しい物語にされてしまう。恐ろしい作家だと感じました。

家族について。
家族が徐々に歪さを見せはじめ、どんどん醜悪になっていく描写が見事でした。セックスを「仲良し」と呼ぶところなんかえげつないですね。
この工場に忠実な人たちのもとに生まれたからこそ、生きづらさは生き方に直結するのだと思います。強く洗脳されておらず子どもを洗脳しようとしない人のもとに生まれたら、気づかずいい具合に洗脳されて出荷されるのでしょう。
ここまで書いて、僕はけっこう強く主人公に感情移入していることがわかると思います。だからこそ恐ろしいのは、例えばネットで本書の感想を読むと多くの人がそこまで共感していないことです。虐待を受けていたならしょうがないよね、という感じで、自分と切り離していました。まさに圧倒的多数のまともな人間として、やんわりと夫婦ならばセックスすべきだと伝えてくるのでしょう。善意でもって。
これも恐ろしいことですが大人になってから姉以外の大人は善意で行動しています。善意は行使すると気持ちいいうえに連鎖するので、異なる「善」を持つ者は包囲されて同化させられます。
ここで本当に見事だと思ったのは、主人公が周囲からの洗脳について「もっとうまくやってくれ」と感じた描写です。まさに!まさに洗脳の下手さこそが生きづらさの問題なのではないでしょうか。手段化は覆らないのだから。優れた文学が与えてくれる示唆を噛みしめました。

『飛ぶ孔雀』に続けて読んだので、あまりにも濃厚な読書体験をしました。
どんどんオススメの本を紹介してください。

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