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【中国・黄山】その2 天へと登りつめる登山道

 黄山(HuangShan)の麓の温泉地区で、晴れ間をまつ。
 やさしい梅雨のように降りけむる雨は、まるで湯けむりを想起させるけれど、その温泉がどこにあるのかは謎のまま。
 たぶん、黄山賓館のような高級ホテルなどに併設されているんだろうな、なんて安宿の窓から雨景色をながめる毎日。

 到着の三日目に、黄山へ登るべき晴天がおとずれた。
 9時半の目覚めから、大急ぎで支度をして、いざ出陣。
 ロープウェイなんか使わず、すべて自分の脚で踏破しようというもくろみ。
 黄山の全体は、5つの地域に区切られていて、麓に近いのが〔前海〕、その奥の中心部が〔天海〕、その両隣が〔東海〕〔西海〕で、最深部が〔北海〕と呼ばれている。
 山なのに海。
 それだけ雲海に満ちているということなのだろう。

黄山の地図と踏破ルート1日目

 アスファルト道がとぎれ、狭い山道となり、なおもつきすすむこと3時間。
 中央の〔天海〕の入り口的な天都峰に行き着いた。
 そのてっぺんに立って見渡せば、どこまでも雲海だらけで、ちっとも景色なんか見えやしないけれど、その分だけ、
「ほんと、仙人でも住んでそうな神秘っぷりだね」
 はやくもバテ気味の相棒・ぷち子が、無言のままカクカクと頷いて、石ころの地面へ腰をおろす。
 なお、この天都峰は海抜1810mらしい。

 道中、持参したビスケットをかじって炭水化物を補給しつつ、お茶やコーラで水分も摂取しておく。
 途中の茶店では、見事なぼったくり価格で、それに腹を立てたわたしはバッグにいれてきたお茶だけで過ごすことに決めた。
 ……が、狭くて急な石段ばかりがつづくこの場所で、棒手振りのように天秤棒を肩にかつぎ、あらゆる荷物を運んでくる人夫の姿を見ると、
「そりゃ、世間の二倍くらいの値段になるのも、しょうがないよね……」
 少しだけ世間を知って、素直に倍の値段で買おうと反省した。
 こんな、物流に大量の汗をかかなければいけない場所で、通常の値段で売れ、と主張するのは無理があるし、人の労力を軽視してる。

労働力がハンパない物流

 鯉魚背という尾根をつたって、つぎの目的地を目指す。
 鯉の背中を歩いている気分で、古代の人たちのネーミングセンスに、実にイメージがひろがる。

 黄山で一番の高さを誇る蓮花峰へは、15時半に到着。
 天海の中でも、中心的位置にある峰で、海抜1864mらしい。
 疲労でぼんやりした脳みそが、
(1864かあ……池田屋事件のあった年だなあ)
 中国とは関係のない、日本の歴史的事件を連想した。

 蓮花峰の周囲は、これまでの道中とかわらず、依然として分厚い雲海が取り巻いている。
 神秘的、ではあるけれど、なぜかハエが多い
 完全な岩場で、周囲に草や木なんて見当たらず、いったいこのハエたちはどこでどうやって生きているのやら、不思議でたまらない。
 水場らしきものも、見当たらない。
 遠く隣の峰に、雲をすかして、うっすらと松の林が望めるばかり。
 後で知ったことだけど、こういう岩場というのは、案外と虫が多いらしい。

 今夜の宿は、とりあえず黄山の奥にたつ〔北海賓館〕と決めている。
 たった一日でぐるっと登って下山、なんて思ってはいけないので。
 〔百歩雲梯〕という、実に狭く細くて長い石段を登ってゆく。
 勾配がとてもきつく、見上げれば、天にまでのびてゆくんではないかと錯覚しそうな石段だ。
 岩の、切り立った崖にへばりつくように設けられた石段で、
「こんなの、よく彫り込んだもんだよね……」
 ぼやくわたしと、無言でかくかく頭をふるぷち子。
 一歩間違えれば、まっさかさまに落ちてゆく。
 崖がわの手すりは決して高くはない。
 疲労で、ふらりとよろめいたなら……。

 スリル満点の、実に楽しい登山道だった!
 こんな危険な場所でも、がんがん登ってゆく中国人のメンタルとバイタリティが、大好き。

 道を間違えて、人の気配が絶えた〔西海〕がわの白雲新景区へ迷い込みもしたけれど、おかげで人混みにわずらわされることなく絶景を楽しめたりもした。
 けれど時間がおしてくる。
〔飛来石〕を通過し、なおもホテルへ進む、進む。
 この飛来石は、まるで天から飛来し、そのまま地上へ突き刺さったがごとき、細長い石だ。
 水滸伝の、百八人の豪傑がついにそろったところで、天から豪傑たちの名が刻まれた石が飛来し、地面へつきささるシーンがあるけれど、それを彷彿させる眺めだ。

峰に突き刺さった、巨大な飛来石

 夏とはいえ、さすがにとっぷりと暮れた19時すぎ。
 北海賓館でいちばん安い、それでも高価なわりに最低でへぼい二人部屋へころがりこんだ。
 相棒のぷち子が、目ん玉のとびでる価格の夕食をおごってくれた。
 その味わいに……二人、互いに生暖かい視線を交わし、それでもぷち子の奮発に感謝しつつ、その微妙な食膳をたいらげた。

 翌日へつづく。

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