【沖縄】その4 荒波ダイビング
2月だし、いくら沖縄でも、ビーチで「きゃっきゃ」とはしゃげないんだよね。
でも、海には入りたい。
……そうだ、ダイビングなら、季節を問わず海へ突撃できるじゃないか!
「俺、なんか出川っぽくないか?」
ウェットスーツを着た、当時は入籍前だった夫の感想に、
「……さ、行こうよ。他のお客さんを待たせちゃいけないしね」
率直な意見を避けたわたしは、ささっと船へと急いだ。
本来は〔青の洞窟〕という、とてつもなく美しいスポットでダイビングを楽しむ予定だったのだが、
「すみません、今日は波が荒くて、予定を変更せざるを得ませんでした」
スタッフさんの申し訳なさげな宣言に、多少のがっかり感をおぼえつつも、目的地まで船に揺られる。
まあ、しょうがない。空は一面の曇天だし、波はたしかに、素人目にも荒い。
何より、海の色がとても鈍色(にびいろ)なのだから。
ダイビングする地点は、陸地がぽつんと見えるばかりの沖合。
船の客は、合計4組ほど。
いざ、海へ。
夫はなかなか潜ることができず、海面であたふたしていたら、スタッフさんから背中をおされて強制的に海中へ。
(死ぬかと思った……!)
と思いつつも、どうにか8メートル下の海底へ到着できたそうだ。
わたしはと言えば、もう潜水なんて余裕だったよね。
プールとかでも、よく底面すれすれに泳ぐの好きだし。
ところが……
(耳が、痛い……めちゃめちゃ痛い!)
何度も唾を飲み込むのだけど、鼓膜が変な感じになっているのが、いっこうに改善されない。
呼吸をみだすわけにはいかない。
背中に背負ったボンベだけが頼りの、こころぼそい呼吸を、なるべく規則正しく繰り返しつつ、どうにか動揺をおさえる。
冷静になれ、クールになれ、のどか!
10度目くらいの唾ごっくんで、ようやく鼓膜がまともになってくれた。
冷たい海水が耳の奥まで侵入して、妙な感じだ。
余裕が出てきて周囲を見渡すと、そこは薄暗い青の世界。
海底の斜面を、ゆらりと海蛇がおよいでいる。
一面に珊瑚がひろがっていて、これらは、
「人工的に養殖しているんです」
とか、スタッフさんが事前に説明してたっけな。
クマノミがいる。
アコヤガイもいる。
スタッフさんから餌のはいった袋を渡されたので、それを海中で振りまくと、
(おおお!)
寄ってくる寄ってくる、色とりどりの南洋的魚類どもが、この我が手におさめし命の糧を狙って。
(ふふふふふ、さあ喰らうがよい、この慈悲深き我が手より与えし餌を……酒池肉林だー!)
調子にのって、餌袋をにぎる手をぶぅんぶぅんと振り回す。
(……あれ、ちょ、多くない? いやこれ群がりすぎだよね!)
野生の世界は、シビアなのだ。
他の魚に取られてしまう前に自分が食べなければ、なくなってしまうのだから、そりゃもう必死なのだ。
◯
ほんのひと時ながらも、楽しいダイビングが味わえた。
船の梯子へ手をかけ、登ろうとしてみると、とたん、
「重い! わたしって、こんな重かったんか」
浮力のない世界へ、おかえりなさい、わたし。
ほうほうの態で船のへりまで登ると、先にもどっていた他のお客さんたちが、みな一様に、ぎょっとした視線をわたしへ向けてくる。
え、なに、どうしたん?
「だ、大丈夫ですか? すごく鼻血が出てますよ」
親切な人に言われて、いやそんな感覚なんて全然ないけどなあ、と思いつつも鼻の下へ手をやると、
「ひいいい、血、血だ!」
怒濤の如く出血し、それは顎先まで垂れていたのだった。
スタッフさんからティッシュをもらい、それを鼻へつめながら、お湯をかぶる。
ウェットスーツの背中をちょいと開けて、その中へとスタッフさんが注いでくれる。
ほんの数分しか潜っていなかったのだけれど、真冬の海は相応に冷たかったのだ。
海中にいると、寒さなんてちっとも感じなかったのに、海上へ戻ると、全身がガクガク震えてたまらない。
「いやあ、皆さん、本日は予定通りではなく申し訳ありませんでしたが、しかしその代わり、難易度の高いダイビングを経験することになりました。今後、もし他で潜ることがあっても、今日ほどのレベルはなかなかありませんから、自信を持っていただいて結構ですよ」
スタッフさんの口上に、
「え、そうだったん!?」
確かに波は高くて荒れてて、しかも真冬だったし。
単純なもので、これに気をよくしたわたし達は、意気揚々と陸地へ戻るのだった。
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