『アイアンスカイ』を見た人に贈る10冊のナチスSF

【投げ銭システム:有料に設定されていますが、無料で最後まで読めます。最後まで読んで「気に入ったから投げ銭あげてもいいよ」と思ったら、購入してやってください】

 2012年、『別冊映画秘宝 ナチス映画電撃読本 (洋泉社MOOK) 』に書いたモノ。その前に書いた(昨日アップした)「『プロメテウス』が食い足りなかった人に薦める10冊のSF」が編集の人にウケたのか、文字数があの原稿の4000字から10000字に大幅アップ、やはりいくつかのサブジャンルに分類しつつ、そのサブジャンルについての解説もがっちり書いてお送りする形になってます。しかし、自分で書いてて言うのもなんですが、ナチスものってだけでもマニアックなのに、ナチスSFって、ねえ(笑)。

--------------------------------

 第二次世界大戦が終わってからそろそろ七十年。中東からの移民による新たな人種問題やら社会の右傾化やらといった問題を抱えつつも、ヨーロッパもようやくナチを笑い飛ばせるようになったのかねえ……。
『アイアン・スカイ』の予告編を最初に見たとき、そんな感慨にふけってしまった筆者です。まあ、すでにナチのゾンビが雪山で大暴れする『処刑山 -デッド・スノウ-』なんて映画もすでに作られてはいるわけですが。
『処刑山』はノルウェー映画、『アイアン・スカイ』はフィンランド映画と、いずれも第二次大戦中は大国同士の戦いに挟まれて翻弄された北欧の国で作られてるというあたりも皮肉なものです。
 もっとも、マジメなナチものは、第二次大戦の終戦直後から小説や映画の世界では数多く作られてきました。ジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』のような戦争冒険小説や、フレデリック・フォーサイスの『オデッサ・ファイル』のようなスパイスリラーなどがそうです。
 本稿では、マジメなことはマジメだけれど、それら「普通の」ナチものとは違う、ナチスを扱ったSFやホラーの傑作小説をご紹介していきたいと思います。

《歴史改変もの》
 歴史改変SFというのは、SFのサブジャンルの中でも特異なものの一つでしょう。通常の時間SFと違うところは、ほとんどの場合、歴史の改変以外にはSF的な仕掛けが何もないこと。つまり、違う歴史の中を生きている人々を描いた普通の小説となっているという点でしょう。
 古くはレン・デイトンの『SSGB』から始まり、ロバート・ハリスの『ファーザーランド』、マリ・デイヴィスの『英国占領』、アラン・グレンの『鷲たちの盟約』と、いずれもミステリの形を借りて、目前の利益だけを追い求めるポピュリストが政治体制を掌握してしまった社会が、いかにたやすく全体主義国家へと転がり落ちていくかを強く警告する作品が多いところにも、特徴があります。
 そこには、終始弱腰で和平交渉を続けた結果、ナチス・ドイツに後れを取ったと見なされているイギリスのチェンバレン政権や、ナチスドイツによる占領の後、傀儡政権としてナチに協力したフランスのヴィシー政権などの影がちらつきます。
 特に、第二次大戦中、ナチの脅威にさらされながらも抵抗し続けたイギリスの人々にとっては、ナチに迎合した結果の恐ろしさが、色濃く記憶に残っているのかしれません。

1.『鉄の夢』ノーマン・スピンラッド
 とびきりに強烈なナチスもの歴史改変SFの怪作がこれ。
 なんせ、中身はほぼまるまる一冊、並行世界のアドルフ・ヒトラーが書いた『鉤十字の帝王』なる安っぽいパルプSFだ、という構成になっているのですよ。
 でもって、このパルプSFがこれまた強烈な怪作になってるんですね。正義のヒーローが悪のミュータント軍団に支配された人類を救うべく戦いを繰り広げるという、プロットだけ読むと典型的な勧善懲悪ものなのですが、実際にへたくそな文章で延々と描かれてるのは、あからさまなエリート主義の人種差別野郎の主人公が、問答無用の勢いで敵を皆殺しにしつつ、自らの帝国を打ち立てていく姿だったりするんです。
 で、あとがきの部分に、架空の大学教授による解説がついていて、この世界のヨーロッパがソ連に支配されていたこと、ヒトラーはそこからアメリカに亡命して作家になったこと、『鉤十字の帝王』のミュータントは当時のソ連をイメージしていてアメリカで大ヒットしたことなどが明かされます。ここで、ファシズムとヒロイズムとの危うい接点が、読者につきつけられるわけです。
 歴史改変という手法で、英雄願望の闇を容赦なく見せつけてくれる恐るべき作品です。

2.『高い城の男』フィリップ・K・ディック
 歴史改変、というか、違う歴史を歩んだ並行世界を、ひたすら淡々と描いてなんともいえない余韻を残す傑作がこちら。
 この世界では、第二次世界大戦が枢軸国側の勝利に終わってから十数年、アメリカは日本とナチス・ドイツによって分割統治されていました。そして、「高い城」に引き籠もっていると言われる謎の人物によって執筆された、もしアメリカが勝利していたらというSF小説『イナゴ身重く横たわる』が密かなブームとなっていました。そんな中、日本の支配地域にあるサンフランシスコを舞台に、さまざまな人々の人生が交叉して……。
 この作品のすごいところは、ひたすら、我々の歴史とは違う歴史をたどった世界に住む人々の生活と心理とを描くことに終始しているところにあります。『イナゴ身重く横たわる』という本はあくまでこの世界ではフィクションでしかないんですね。この作品の登場人物たちは、この先も自分たちの現実を生きていくしかないのです。
 そして、それはつまりこの作品を読んでいる我々読者自身の現実でもあります。この作品を読むことで、我々は自分たちの現実をもまた相対化して眺める余地を持つこととなるのです。

3.《ファージング三部作》ジョー・ウォルトン
 ナチス・ドイツが第二次世界大戦に勝利した歴史を描いた歴史改変小説は数あれど、その中でもミステリとして最高におもしろいのがこの三部作でしょう。
 いや、本作の場合、厳密には「勝利した」のではなく「イギリスと講和を結んで戦争を終わらせた」というのが正しいのですが、それによってヨーロッパ大陸におけるナチスの勢力はそのまま温存されてしまっており、実質的には勝利といえる状況ができあがっています。
 そして、ナチスと結んだ保守政権のもと、イギリスもまた、徐々にドイツ同様のファシスト国家となって国民を弾圧し始めている、というのが、本作の冒頭なのです。
 そんな中起こった不可解な殺人事件の謎を巡るミステリとして始まる第一部『英雄たちの朝』、訪英したヒトラーの暗殺計画というテロの顛末を描いた第二部『暗殺のハムレット』、そして、前二部に探偵役として登場していた警察官を主人公に、イギリスの命運を左右する大団円へと突き進むスリラー仕立ての第三部『バッキンガムの光芒』と、一作ごとに語り手と趣向を変えつつ、読者を「もう一つのイギリス」での冒険へと誘う作者の手腕にひたすら酔える極上のエンターテインメントです。

4.『プロテウス・オペレーション』ジェイムズ・P・ホーガン
 もう一つ、歴史改変ものというよりはタイムトラベルものの娯楽SFを紹介しておきましょう。SFとしてはこっちのほうが王道ですもんね。
『星を継ぐもの』などの本格SFで知られる作者が描いてみせたのは、どちらかというとポール・アンダースンの『タイムパトロール』や豊田有恒の『ダイノサウルス作戦』のように、登場人物たちが積極的に歴史に介入するタイプの歴史改変ものです。
 しかも、これらの作品が「歴史の改変を防ぐ」側を主役に据えているのと反対に、主人公たちが歴史を改変して、ナチスドイツに支配された世界を救おうとするんだから、なんというか豪気ですね。
 いや、もっとすごいことに、この作品世界そのものがすでに、未来人の援助によってナチスドイツが世界征服を実現した改変世界なのです。しかも、この作品の設定では、歴史が改変されるごとに、新たな時間線が発生して、元の世界とは別の並行世界が一つできてしまうのです。じゃあ、歴史を変えたって、この世界の人々は救われないのでは?
 というところまでは、わりと早い段階で種明かしされ、そこから怒濤の歴史改変作戦と、多元宇宙を舞台にした壮大なスケールの全体主義陣営と自由主義陣営の対決へと突き進んでいきます。いかにもSFらしい大風呂敷を堪能したい方にお勧めの一作です。

《架空戦記もの》
 二〇世紀の終わり頃、日本で興隆を極めた架空戦記は、歴史改変もののそのまたサブジャンルではありますが、その歴史は歴史改変ものの中でも格段に古く、現代SFが確立するずっと以前にまで源流をさかのぼることができます。それだけ、人間は昔から「あのとき、××側が勝っていたら、歴史はどうなっていたか?」を考えることに興味を抱いていたということなのでしょう。
 架空戦記のおもしろさは、第一にはその設定の妙(もしあのとき、こうしていれば)にありますが、第二には何と言っても現実には作られなかった超兵器が次々に登場するところでしょう。『アイアン・スカイ』の月面基地とかUFOとかも、その延長線上にあると言えなくもないかも。いや、後述しますが、アレには実はもっと別の流れの、これまたそこそこ古い出自があるわけですが。
 ともあれ、日本の架空戦記、特に第二次世界大戦ものは、荒巻義雄の『紺碧の艦隊』と『旭日の艦隊』という二大シリーズの大ヒットによって一時期大変なブームとなりました。中には山田正紀の『機神兵団』のように、巨大ロボットが登場するSF色のきわめて強い作品も現れたりしました。
 そのほとんどは、日本とアメリカとの戦いを、条件を変えてシミュレーションしたものですが、ここでは日本とドイツが戦うことになる作品をご紹介したいと思います。

5.《レッドサン ブラッククロス》佐藤大輔
 未完ながら、その筋では一世を風靡した架空戦記の超野心作がこれ。元々はウォーゲームの設定だったのを、その開発に携わっていた作者が小説化したもので、同じ作者の『征途』と並んで、佐藤大輔の名前を世に知らしめた出世作でもあります。
 日米が第二次世界大戦に参加しなかった世界で、日独がインドを主戦場に第三次世界大戦を行うという設定になっているという大枠はもちろん、細部に至るまで周到に歴史改変が行われ、安直な架空戦記にありがちな「いくつかの歴史改変によって、日本がアメリカに勝利した歴史」ではない、リアリティ溢れる「もう一つの歴史」が、圧倒的な知識量に裏打ちされた情報の洪水によって提示されているところが大きな特徴です。
 そのリアリティ指向は戦闘描写にも表れていて、少数の英雄や突出した性能の新兵器ではなく、部隊の規模、補給の有無、戦術、戦略といったものが勝敗を左右する要素として重視され、詳細に描き込まれています。
 また、もう一つの特徴として、後半にいくに従って、物語の時制が近未来(二一世紀後半)まで進んでいったり、時間旅行者や並行世界からの移動者が現れるなど、SF的な仕掛けも(あくまで戦闘のリアリティを損なわない程度にですが)どんどん姿を見せるところもおもしろみなのです。

《オカルトもの》
 ナチが、その初期においてオカルトに耽溺していたことは、有名な事実であります。
 ナチ党の母体の一つに、極端な民族主義・反ユダヤ主義を標榜するトゥーレ協会という秘密結社があったのですが、これの思想の中核には、神智学を元にした神秘主義があったのです。つまり、ナチが掲げる反ユダヤ主義やアーリア人優位の選民思想などといったものは、ひどい言い方をすれば、一皮剥けばオカルトまみれの似非科学に基づいていたというわけです。
 もっとも、ヒトラー自体はあまりオカルトを信じておらず、どちらかというと嫌っていたようで、ナチ党が政権を握ったあと、トゥーレ協会をも含むオカルティストたちを弾圧、一掃してしまいました。
 ともあれ、その出自から、オカルトとナチというテーマは、作家たちの想像力を刺激してやまず、ナチが登場するホラーが次々に生まれることとなったのです。
 その中には、ナチが魔物の被害者となるF・ポール・ウィルソンの『ザ・キープ』や、狼男の英軍将校がナチに戦いを挑むロバート・マキャモンの『狼の時』といった変わり種もありますが、ここでは、ナチが魔術に耽溺したことで起こる惨劇を描いた作品を選んでみました。

6.『邪神帝国』朝松健
 デビュー作からものすごく濃いオカルトものを書いてきた朝松健が、真正面からナチスドイツのオカルト嗜好を題材にして、クトゥルー神話ものと組み合わせて書き上げた、ナチスドイツ興亡秘史がこれ。ヒトラー誕生の秘密から始まって、ドイツ第三帝国の崩壊まで、ナチスドイツと魔術との昏い関わりを描いていく連作短編集です。
 なんといってもおもしろいのは、作者の深いオカルト知識に裏づけされた、あっと驚く設定と展開の数々でしょう。ナチスドイツに関する歴史的事実、吸血鬼や切り裂きジャックなどのオカルト知識、さらにはそれらをすべて呑み込んでいくクトゥルー神話からの引用。この三つが渾然一体となって、世にも陰惨で恐ろしい地獄絵図を作り上げていきます。そして、ホラー小説特有のバッドエンドの連続が、読者を魔の世界へと誘うのです。
 中でも、現代日本を舞台にしている「"伍長"の自画像」や、十九世紀末のイギリスを舞台にしている「1889年4月20日」など、最初はどこがナチものなのかと思ってしまう冒頭から、あれよあれよというまにナチスドイツの狂気へと物語が転がり落ちていく展開には唸らされます。
 また、巻末につけられた詳細な「魔術的註釈」が、オカルトファンにはたまりません。

7.『残虐行為記録保管所』チャールズ・ストロス
 本作は、遠未来を舞台にした、いわゆる「ニュー・スペースオペラ」と呼ばれる一連の宇宙SFで有名な作者が、現代を舞台にSF、ホラー、そしてスパイ小説を融合して生み出した一筋縄ではいかないスリラーです。
 コンピュータを利用した数学的魔術によって、異界とのコンタクトが可能な世界で、魔術を使うテロリストと戦うイギリスの魔術諜報機関「ランドリー」の諜報員たちの活躍を描く……、とこう書くとまるでどこかのラノベみたいな感じですが、そこはイギリス人作家、ランドリーの実体はなんだかとっても地味で官僚主義的なお役所っぽく、そこで働く主人公もとっても鬱屈しているのでした。そのくせ、そこかしこにブラックな笑いも仕込まれてたりして。このへん、作者は大好きなレン・デイトンの一連のスパイ小説をお手本にしてるんだとか。
 さて、この作品の世界で最初に魔術を実用化したのがナチスドイツだという設定になっていまして(このへんは『邪神帝国』とも似てますね)、本作は単純な任務のはずが次第にナチスの遺産とも言うべき魔術を巡る攻防戦へと展開していくのでありました。
 ちなみにこの作品はシリーズ化されていて、本国ではどんどん続編が出ているので、それらの翻訳が日本でも出版されてほしいところです。

《ネオナチもの》
 第二次大戦終結直後から、いわゆるネオナチの話はヨーロッパに広がっていたようです。 ネオナチと言っても二種類あって、一つは秘密組織を作って暗躍を続けているナチの残党たちを指し、もう一つはナチの政治思想を復興しようとする第二次大戦後の政治運動及びその運動家を指します。この両者は重なり合う部分もあるわけですが、現実には、フィクションに登場するような「悪の秘密結社」めいたネオナチなどはほとんど存在せず(ナチの残党は逃げるのに必死)、社会的な不安や怒りのはけ口を極右的な活動で解消しようとする若者たちの集団だったりします。それはそれで直接的な暴力犯罪を引き起こしたりして、大変問題なわけではありますが。
 戦後すぐの頃のヨーロッパにおいては、ネオナチの脅威は現実味を帯びて人々に捉えられていたのでしょう。なにしろ、ついこのあいだまで、多くの人々がナチの信奉者や賛同者として活動していたわけですし、戦犯とされたナチの残党が逃亡を続けていたりしたわけですから。
 その記憶が、フォーサイスの『オデッサ・ファイル』や、ウィリアム・ゴールドマンの『マラソンマン』といったスリラー小説を生んだと言ってもいいかもしれません。

8.『ブラジルから来た少年』アイラ・レヴィン
 今やネオナチ陰謀モノの古典の一つと言ってもいいサスペンス小説がこれ。もちろん、本稿でご紹介するからにはSFネタがきちんと含まれております。
 本作の悪役は、なんと実在の人物で、戦後、自然死するまで、とうとう逃げおおせたナチスドイツの医師、ヨーゼフ・メンゲレ。彼はアウシュヴィッツ収容所に収容されたユダヤ人たちを使って人体実験を繰り返し、「死の天使」というあだ名で恐れられた人物でした。
 本作は、そのメンゲレが仕掛けた恐るべき生物実験(タイトル見たら、鋭い人はすぐピンとくるとは思いますが)の謎と、彼を追うナチ・ハンターのユダヤ人、リーベルマンの活躍を描いていきます。
 なんせ、冒頭、南米に潜むナチの残党たちの会議で、メンゲレは六五歳の男性九四人を二年間のあいだに殺せ、ってなことを仲間に告げるんですから、尋常な話じゃありません。
 この話が恐いのは、この作品が書かれたときはSFでしかなかった「謎」が、今じゃ実現可能かもしれないところ。考えただけでイヤーな気持ちにさせられちゃいます。
 ちなみに、本物のメンゲレは死ぬまでナチ・ハンターの影に怯えながら暮らしてたんだとか。まあ、現実はそんなもんですよね。

9.『アトランティスを発見せよ』クライブ・カッスラー
 ここで一本、傑作と言うにはちょいと問題ありだけど、『アイアン・スカイ』との関連性という意味では見逃せないネオナチ陰謀もの冒険小説をご紹介しておきましょう。
 というか、一見まじめな冒険小説のふりをしてますが、本作のテイストは今回ご紹介した作品群の中で唯一『アイアン・スカイ』に近いかも。
 なんせ、アトランティスの遺跡に隠された謎の秘宝を巡って、主人公たちがナチの残党からなる秘密組織「第四帝国」と死闘を繰り広げるっていうんですからね。しかも、この第四帝国の陰謀ってのが、『ブラジルから来た少年』のメンゲレの陰謀のバージョンアップ版みたいなのなんですね。時代は変わってもナチの陰謀は変わんないのか? さらに、第四帝国との死闘は主に南極を舞台に行われちゃうという、まさにいつの時代のトンデモ本ですか、みたいな展開が待ってたりもします。
 本作はダーク・ピットを主人公とする海洋冒険小説シリーズの一作です。このシリーズは近未来が舞台になっていて、元々SFっぽいガジェットが登場してたんですけど、段々奇想天外度が増していって、今や全然リアルじゃなくなっちゃいました。本作はそれが頂点に達した頃の一本。割り切って読むと楽しめます。

《宇宙ナチスもの》
 さて、『アイアン・スカイ』は月面に潜んでいたナチの残党が空飛ぶ円盤に乗って地球に侵攻してくる、というお話ですが、実はこれって先に書いた通り、そこそこ古い陰謀論が下敷きになっているのでした。
 元々、ナチが空飛ぶ円盤を持っているという話は、大戦中、ドイツ軍がいち早くミサイル兵器やジェット機といった最新鋭の飛行機械を開発していたこと、この時期に両陣営の航空機パイロットが未確認飛行物体(いわゆるUFO)をたびたび目撃したことが、戦後すぐに頻発するようになった空飛ぶ円盤目撃事件と連鎖反応を起こして生まれたものです。
 その後、南極にUFOの基地がある(正確には南極には地球の内部へと通じる穴があって、そこにUFOの基地があるという、地球空洞説とUFO実在説を混ぜ合わせたもの)という話と、南極に近い(と言えなくもない)南米の国に逃れたナチの残党が何人もいたこととが合わさって、「南極にネオナチの秘密基地があり、UFOが隠されている」という話になったりしたのでした。
 このへんの話は、1960年代から80年代にかけて超能力特番やUFO特番を数多く手がけた日本テレビ(当時)の名物ディレクター、矢追純一によって日本でも紹介されたんで、筆者と同年配の皆さんならテレビで見たことがあるかもしれません。
 もっとも、この手のトンデモねたの出自をさらに探っていくと、しょうもない事実に突き当たってしまうわけでして……。

10.『宇宙船ガリレオ号』ロバート・A・ハインライン
 しんがりにご紹介したいのは、SFの古典と言ってもいいこの一本。なんせ、『夏への扉』や『宇宙の戦士』の巨匠ハインラインの第一長編(しかもジュブナイル)なのです。
 主人公は三人の高校生。高校の物理クラブに所属する科学おたくの彼らと、変人原子物理学者のおじさんとが、一緒にロケットを作って人類初の月旅行(なんせこの作品が発表されたのは1947年ですからね。アポロどころか、人工衛星の一つもまだ地球のまわりを回ってなかった頃の話です)へ出かけようとする、というお話です。
 それがなんでナチものかというと、なんとようやくたどり着いた月面には、ナチの残党が秘密基地を作り上げていて、彼らと戦う羽目になるという、驚愕の展開が後半に待ち受けているからです。
 つまり、実はいわゆる「宇宙ナチス」を扱ったトンデモねたのルーツは、たぶん完全なるフィクションである本作なのであります。ほんとにトンデモの人たちはしょうがないですね。
 というわけで、『アイアン・スカイ』は『宇宙船ガリレオ号』の直系の子孫と言っても過言ではないのです。……と思って鑑賞すれば、感慨もひとしおかも(笑)。

【本文はここでおしまいです。内容を気に入っていただけたなら、投げ銭に100円玉を放ってるところをイメージしつつ、購入ボタンを押してやっていただけると、すごく嬉しいです。よろしく~】

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?