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ごますりとんかつのごますりのワケ

近代とんかつのはじまった場所「さぼてん」

とんかつのさぼてん。日本全国にあります。海外にも出店していて500店もあるんだというから、おそらく世界最大のとんかつチェーン。お店に必ずテイクアウトコーナーが併設されてて、とんかつ一枚、コロッケ一個から買うことができる。
人によっては「弁当屋のイートインコーナーみたいで高級感を感じない」このスタイルを嫌う人もいるけれど、今となっては未来の主流のように感じる。

いろんなはじめてを作った店でもあります。
例えば千切りキャベツを別添えにして、ドレッシングで召し上がれという提案。

昔のとんかつ屋のテーブルサイドといえばとんかつソースと醤油、練り芥子くらいしか調味料がなかったのが当然で、だから随分親切だなぁ…、とびっくりさせられたものです。

それから小さなすり鉢と小さなすりこぎ棒が運ばれて、中には白ごま。すりおろしたところにソースを入れて風味をつけるという工夫。
今では日本中で同じように胡麻をすらせるとんかつ屋さんがたくさんあります。
日本中のとんかつ屋さんは「ごますりとんかつ」と「非ごますりとんかつ」に分けることができるかもしれない。
ごますりとんかつの総本家が「さぼてん」でもあり、ここでとんかつを食べるたびに、おそらく日本の至るところで今この瞬間、何千人もの人がひたすら胡麻をすってとんかつがやってくるのも待っているに違いなく、そのはじまりがこの店だ…、と思うとなんだかとても感慨深い。

上等な揚げ物は胡麻の香りをまとってる

そもそもなんでとんかつにすり胡麻なんだと聞かれると、お店の人たちはかなり困るに違いなく、それはこの店がやっているのを誰かが真似して、その真似した店を誰かが真似して広がった…、から。ならさぼてんはなぜ、すりごまと一緒に食べる提案をしたのか、理由を聞いてみたけどわからずしまい。
実は日本全国に500軒以上のとんかつの専門店を作りました。
そのときのパッケージの中に「すりごま」が含まれていたのだけれど、理由を聞かれて自分なりに考えた。

答えはこう…。

日本人にとって高級な揚げ物といえば専門店で作られる天ぷら。
関東においておいしい天ぷらはごま油で揚げるもの。ごま油の香りは天ぷらのネタの主役のエビの風味を重厚にする。
野菜もごま油の香りで味わい濃厚になり、天ぷらという料理はごま油の風味で完成していく料理と食べれば食べるほど合点する。

つまり上等な揚げ物は胡麻の香りをまとって仕上がる。

とんかつがごまの香りをまとう必要、まとい方

とんかつと言えばながらくご飯のおかずとしてお腹いっぱいになるために作られる料理の代表だったのですね。
パン粉をバリッと揚げる。
豚肉の持ち味を一層強調するためにラードで揚げるのが一般的な作り方。
男の料理でもあったのです。
男の料理を女性もたのしめる料理にしたい。
上等な揚げ物料理としてのとんかつを作りたい…、とみんな思った。
そのためにはまずラードを使わず植物油だけであげれば、まず健康的なイメージが生まれるに違いない。
ただ植物油で揚げるということは、ラードで揚げたときの甘みや風味を無くしてしまうということでもあり、それでみんなソースにこだわった。
スパイシーで甘み、旨味、酸味のバランスをとったソースで食べればおいしくなるに違いない…、と思って試行錯誤するのだけれど植物油で揚げたとんかつは家で主婦が揚げるとんかつとそれほどの違いのない料理になってしまう。

さてどうしたものか…、と考えたときに「上等な揚げ物=ごま油の香りのする揚げ物」という天ぷらの法則を思い出す。
そうか、ごま油で揚げればラードで揚げたとんかつとは違って、風味豊かで上等な味わいのとんかつができるに違いない…、と試してみるも、これが一向においしくない。
ごま油の風味は海の素材や野菜をおいしくさせるけれど、肉とはあまり相性が良くなく、それで再び困り果てる。
困った末に、ならばごまの香りをあとからくわえてやればいいんじゃないか…、とそれで胡麻をすってソースと混ぜ、香りだけをかりておいしく感じてもらう。
つまりとんかつがまとうすりごまは、天ぷらに対する憧れなんだと思えばいい。

…、というワケ。
当たらずとも遠からずだろうとボクは今でも思ってる。

とんかつにならなかった豚肉がとんかつになってしまうと…。

さてそのさぼてん。
本店は新宿西口の地下街にあります。最近、リニューアルしてテイクアウトカウンターとレストランが一層融合を深めた明るい店に生まれ変わった。生まれ変わったついでに本店限定メニューができた…、というので来てみる。スペイン産、赤毛デュロック種の肉で中でも「フィレ」をメインに打ち出している。

赤毛デュロックといえば個体の小さい生ハム用として重宝される豚さんで、それをとんかつ。
しかもフィレ…、というのにびっくり。
「サボフィレ」って商品の名前の由来は何…、ってしばし考え「さぼてんのフィレ」の略なんでしょう。

今までとんかつにしようと誰も思わなかった品種の豚のヒレカツ。
筒状に揚げられた姿がまずは細くてびっくり。断面は見事なロゼ色で、肉汁が滲んでツヤツヤ。官能的なうつくしさ。塩やわさび大根おろし、レモンに醤油と調味料がいろいろ揃い、まずそのままで食べてくださいと言われて食べると、たしかに肉の旨味は強い。

ただ肉質がカチッとしていてたくましく、水分をあまり含まぬ肉なのでしょう。とんかつにするには硬い。おそらくグリルしたりローストしたりすればそのたくましさが際立ちおいしく感じるのだろうけど、パン粉をまとって仕上がるカツにはもっとやわらかでしっとりとした肉がいいなと思ったりする。
ここの自慢のすりごまとスパイシーなソースで食べると、それらすべてが邪魔してなんだかもったいなくて、醤油をかけても醤油がフワフワ、浮いて肉と一体となってくれぬ感じが切ない。

最後のひと切れに胡麻をそのままぱらりとかけてほんの少しの醤油を注ぎ、パクっとやったらこれが正解。胡麻が奥歯で潰れ直接鼻まで香りが到達。油の香りや肉の風味を引き立てどっしり濃厚にする。この食べ方で最初の一切れからやり直したい…、って思ったりする。むつかしい。


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