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伊勢丹の西櫻亭に来て、香味屋をしみじみ思い出す…。

昔、新宿の伊勢丹に「香味屋」というお店がありました。
下町、入谷の老舗洋食店の支店のひとつで最初は伊勢丹の中ではなくて近くに伊勢丹が所有していた一戸建ての一階に出店してた。
白いテーブルクロスが映える清楚な空間。
テーブルの上には磨き上げられたナイフやフォーク、グラスが並びまばゆいほどにうつくしかった。
サービススタッフの背筋の伸びて凛々しいさまも本店がさながら。特別で上等な雰囲気がそこには充満していたものです。

ところがそののち、伊勢丹本館の食堂街のリニューアルに際して、その目玉として店が移設されます。
店のムードが変わります。
百貨店の中という場所は集客に苦労しない、飲食店にとってはいい場所と言われます。
けれど、それは「買い物ついでのお客様」もやってくる場所ということでもあり、中にはお店にとって招かざるお客様も混じってしまう。
どんなお客様にも等しく同じサービスを…、というのが百貨店レストランにおける建前ですから、自らの力でファンを集めることができるお店にとってはいい場所だとは言い切れぬ場所。
知っている人と、憧れている人だけで満たされた空間は特別のムードがあるものです。
果たして数年で香味屋は撤退。伊勢丹の関連会社が場所を引き継ぎ、西櫻亭という店として仕切り直した。

はじめて来ました。
メニューや料理の作り方はほぼ香味屋のころそのまま。
用意されてる料理はメンチカツやコロッケ、ビーフシチューとどこにでもある定番洋食料理ばかりで、けれどひとつひとつが独特でとても丁寧に作られていた。

メインはタンシチューとメンチカツの盛り合わせ。
どちらもこの店の自信の料理。
どっしりとした塊の牛タン。
ツヤツヤ輝く濃厚色のデミグラスソース。
寄り添うように置かれたメンチカツは形が独特。端の尖ったラグビーボールのような形をしていて、これが香味屋のメンチカツのほぼなぞり。
ただ形は真似られても、ナイフをあてて切った瞬間にキレイな肉汁が滲んでたれおち、デミグラスソースにジュースの湖ができるようなコトはない。
普通においしいメンチカツではあるけれど、大人の財布を用意してわざわざ食べにくるまでもない普通の出来栄え。
挽肉はバッサリ乾いた食感で、かつての思い出は本当に遠くになりにけり。

デミグラスソースは濃厚で上等。軽い渋みと酸味が旨味をひきたてるどっしりとした深い味わい。牛タンならではのザックリとした歯切れ感と口の中ではらりとほぐれて繊維になっていく味わいもなかなかなもの。
けれど気持ちはやっぱり香味屋に向かってく。

ボクが30代の頃だったでしょうか…、贅沢をしたいときに来る店だった。でもその頃のボクにとってはかなり背伸びをしないといけない大人の店で、もし今ここに昔のままでいてくれたなら、どんなにステキ…、としみじみ思う。なつかしい。
一時期、積極的にお店を増やしたことがあり、けれど今ではひっそり本店を守ってる。
一旦広げた暖簾をそっと静かに畳んでも、倒れぬほどに本店の幹が太くて健全…、というのがステキ。老舗というのはそういうものを指すのでしょうね。ひさしぶりに行ってみようかと思う今日。


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