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アイ・オブ・ザ・タイガー

「あっちだ!あっち!」「どこだ!見えんぞ!」「向こうにもいる!」マレーシアのジャングル奥地、小さな高床式の動物観察小屋ブンブン。その内から弱々しい懐中電灯の光と三人の男の怒鳴り声が響く。

 男達はいずれも高名な名士である。常ならばこの様な粗末な小屋の中で虎の恐怖に怯えている様な立場の人間では無い。

 一人目の男イライジャ。
アメリカ、ウォール街にて証券会社を営む社長。彼は日毎に何万ドルを稼ぎ、何十人も破滅に追いやる億万長者である。

 だがその金もブンブンでは何の役にも立たない。

 二人目の男ハリー。
イギリス公爵家の人間であり、彼が命じればイギリス国内はおろかEU全てが動き出す。

 だがその権力もブンブンでは何の役にも立たない。

 三人目の男ジェームズ。
オーストラリア出身の国際弁護士。世界各国に顧客を持ち数々の裁判で勝利の栄光を手にした。

 だがその名声もブンブンでは何の役にも立たない。

 彼らの秘密を知っている。そんな手紙と数枚の写真に呼び出され、マレーシアまで来てみれば。小屋の真ん中で横たわるアジア人に見える若く美しい女の死体と窓の外には虎の姿。

 突然にドアがドンと鳴った。ピタリと騒ぎが収まり全員がドアを注視する。ペラペラのマットレスや机と椅子で組まれたお粗末なバリケードが少し動いた隙間、彼らは確かに黄色と黒の毛なみを見た。静寂のなかでドアの前から獣は立ち去った。

「ちくしょう!何だってんだ本当によう!」癇癪を起こした様にハリーがスマホをドアに投げつける。電波も入らずあらゆる通信手段が無いブンブンで、それはただの光る板でしかない。

 男達のブンブンを外から見つめる八つの瞳。三頭の虎が茂みの中にいる。
「大丈夫、もうすぐ終わるから」
宝石の瞳と豊満な肉体を持った少女が優しく虎の毛を撫でた。

【続く】


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