正しいこと言うやつが1番アホ

「正しいこと言うやつが1番アホ」

teamLabの猪子寿之さんが言っていたこの言葉が僕は好きだ。個人的には「言葉で表せるものはウンコ」というのも好きだが、今回の「正しさ」についての言葉も本質をついていてすごく考えさせられる。今日は、この言葉とともに「正しさ」について少し考えていこうと思います。

まず、はじめに僕なりの解釈でこの言葉をまとめると、「誰かがやったことに対して正論を突きつけるのは簡単で、論理的に考えてそれよりもいい選択があったこと、すなわち正しいことを言うことは簡単であるが、その正しさは何かの否定をしているだけで、何かを作り出しているわけではないので、そんなマイナスの方向にエネルギーを使うくらいならもっといい選択肢を自分が成果として見せつける等クリエイトの方向に使った方がいい」ということだと思う。

「正しいことを言う人」が絶対的に正義であり、筋が通っていることや誰がどう見ても論理的に正しいことが絶対善だと思っていた自分にとって、「正しいことを言っている人=最もアホ」というのがすごく衝撃的で、今までの自分が「正解病」にいかに囚われていたかというのを知る良いキッカケとなった。

私たちは、小学校から人によっては大学まで身体的には自由であったが、精神的に自由ではなかったように感じる(誰でも学校に行くことができて教育を受けることができたが、常にこれが正解だと狭い世界だけを見せられていた)。

なので、世の中には正解の方が圧倒的に少ないということを頭ではわかっていても、思考的には正解を求めてしまっている面は少なからず残ってしまっているし、無意識のうちに正解がある前提での行動をいくつもしてしまっていることがある。

正解が必ずある世界観では、正しいということが唯一無二にして最強である尺度であり、そ子には0か1しかない。学校のテストを見てもらえばわかる通り、正しいことを言う人が最も賢く、それ故に正しいこと言う人に権力が集まるとさえ考えてしまっている面もある。

しかし、僕も含めて多くの人が知っている通り、多分世の中は正解がある方が全然少なくて、現在ある正解も本当に正解なのかが怪しいものが多い。絶対的な正しさなどなく、私たちが常にできるのは考えうるうちベストを選ぶことだけで、正直後から考えればいくらでもより理論的に正しいことをツラツラと言うことはできる。

でも、結局、それは絶対に勝てる後出しジャンケンをしているだけで、全く賢い行動ではないく、勝負に固執してしまっている所以の行動である。そりゃ普通に相手に言い負かすことはできるし、後からやれば最初にやった人に比べてうまくできるのは当たり前である。

しかし、世界にとって価値があるのは後出しジャンケンで誰かの後にそれを上手くやる人ではなく、誰も出していないじゃんけんを最初に出したファーストペンギンである。それはどこにも基準がないところから動き出した人間であり、世界に基準と新たな示唆を与えてくれた人間である。

現に世界を動かしてきたのは一番最初にジャンケンを出した方々であり、世界を面白くしているのは後出しジャンケン勢から見れば「正しくない人たち」であった。

この世の中には、「確かに覆しようのない正論なんだけどそれを言っても何も始まらないよね」ということが意外にも多くて、理屈や論理を重視した近代教育の産物「正しさ」が時に様々な物事をつまらなくしてしまっていることが往往にしてあるように感じられる。

多くの人が「正しい」を絶対的な善であると考えていたように、他の尺度についても絶対的に善や悪として見てしまっているものがあって、それを自分で認識し、時間をかけて少しずつ修正していくことがすごく大切になると思う。

「正しいこと言うやつが1番アホ」

これからも大切にしたいとてもいい言葉である。

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坂本 太一

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