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状態としての「好き」

テレビのCMやネットのWeb広告を見ていると、その中には違う文脈けどそのものの本質を突いているみたいなものが見られます。言葉で説明するよりも見ていただいた方が早いので、まずこちらをご覧ください。

これは、リクルートが発売している月刊誌「ゼクシィ」のCMなのですが、これがキュンとするとともに好きの本質を如実に表してるなと感じました。

「好きだから、好きじゃないときもあなたといたいと思いました」

結婚に関する雑誌なので、この中の「あなた」は人に限定されてしまうのですが、実際はあなたは人間である必要はなくて、物や職業でもいいと思っています。

今の仕事でもいいし、大好きなものでもいいし、もしかしたら自分でもいいかもしれません。ここに入る言葉は何にせよ、この言葉は「好き」を超越した時の状態をうまく言い表してくれます。

行為としての好きを超えた状態としての好き

恋人もそうですし、転職と思えている仕事もそうですが、好きだからといって全ての時間が楽しく、全く嫌な時がないということはないと思います。

それは人間ですから、恋愛であればお互いの感情の波や愛情の波があるでしょうし、仕事であればその中には雑用のような仕事もあるので嫌々ながらやっているということもあって当然でしょう。

でも、だからと言って、ほとんどのケースではその場で別れることもなければ、その仕事から離れることもありません。

「好きじゃない部分も込み込みで好き」

ここにこそ好きの本質があるような気がしています。この包括的な穏やかさこそに好きを超えた何かがある気がしています。

本当の好きとは、その場の突発的な好き嫌いに振り回されない包括的な感情のことであり、もはやトレンドとしての好き嫌いの次元にないのだと思います。

恋が変化していく感情を伴った行為とするならば、愛は穏やかで包括的な状態を指す言葉であり、ここで言われている愛が好きを超えた本当の意味での好きに対応する言葉だと思います。

夏目漱石は"I love you"の訳語を「月がきれいですね」としましたが、状態としての好きであるならば、その訳語は「・・・」になると思います。

すなわち、言葉なんてものは要らず、黙っていても一緒にいるだけでいい状態のことを本当の好きというのだと思っています。

特に若い時は、恋のような情熱的で変化の激しいものにも意味があると思いますし、そこから学ぶことからたくさんあると思いますが、トレンド的な好き嫌いにとらわれる限り、深層的な楽しみや面白みは得られない気がしています。

変化しないとつまらなくなってしまう側面が存在するように、変化してしまうと得られなくなってしまう側面もまたあるような感じがしています。

好きを超えた何かと向き合うと、人はまた違う景色が観れるのかもしれないなと最近つくづくと感じるようになってきました。

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坂本 太一

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