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フットボールのダイヤモンド・オフェンスにおける攻撃サポートの構造化12 2.1.8 即興プレー

2.1.8 どのように即興プレーを創造するのか?

プレーヤーは、どのようにして多くのプレー記憶(プレーオプション)を持つことができるようになるのであろうか?才能?
もちろん、才能は非常に大切な要素の一つではあると思うが、多くのプレーヤーは学習と記憶を通じて、様々なプレー記憶(プレーオプション)を習得するのだと考える。

再現的世界と情報創成の世界:
脳の記憶には2つの世界がある。1つは「再現的世界」、もう1つは「情報創成の世界」である。この2つの記憶の世界について塚田 稔(2015)はこのように説明している:

再現的世界:

外界の状況を的確に認識し行動するためには、まず、外界の情報を感覚系で処理する前に外界を予測し、意識なしに働く直感モデル(予測のモデル)が脳内で働く。(中略)直感の世界とも言われ、情動とも関連する感性は右脳に局在し、パターンとパターンの連想によって、情報を瞬間的に処理している。これらの世界は環境からの入力がなくても、脳内で内因的に独立に働かせることができる。

情報創成の世界:

外界の脳内モデルを用いて仮説を立て、推論や感性によって新しい情報を生み出す情報創成の世界が存在する。推論は左脳に局在し、論理や因果関係にもとづいて問題解決を試みる。たとえば、AならばB、BならばC、それなら、AならばCである、という三段論法などを用いて、さまざまなことを考える。このようにシンボルとシンボルの間の関係で外界をとらえなおすので、時系列的に情報を処理するのに時間がかかる。

この2つの世界についての関係性について塚田 稔(2015)はこのように述べている:

この2つのダイナミックなシステム、「再現的世界と情報創成の世界」が主体性と協調性によって相互作用し、学習と記憶によって脳内世界を形成している。

以上のことから、フットボールの試合中は「再現的世界」であり、右脳に局在する無意識に働く直感モデル(予測のモデル)が脳内で働くことによってプレーが成り立っていることが理解できる。パターンとパターンの連想によって、瞬時に情報を処理できるので、複雑な状況が連続して起こるフットボールというスポーツにおいて、意思決定をするときに使用されるのが、この「再現的世界」であると考えることができる。

「情報創成の世界」は、左脳に局在し推論や論理、因果関係にもとづいて問題解決を試みる世界であるので、フットボールの試合中には、あまり使用されることはないだろうと考える。これは相手チームのスカウティング等、試合を論理的に分析するときに役立つ機能であり、プレーヤーやコーチが試合前やハーフタイム、試合後に推論・反省したり、試合結果からトレーニングメニューを作成するときなどに有効であろうと考える。

例えば、コーチが相手チームをスカウティングした結果から、週のトレーニングで相手チームのプレーモデルに対応するトレーニングメニューを作成し実践する。プレーヤーはそのトレーニングを何度も何度も反復することで、学習し記憶する。それがコード化されたプレー記憶(プレーオプション)になると、試合中に無意識に働く直感モデル(予測モデル)として、その状況に最適なプレーオプションを無意識に探し、直感的に選択することができるようになる(手続き記憶)。そのように考えるとトレーニングは、プレーヤーが直感的にプレーできるようになるまで何度でも繰り返すことが必要であるということだろう。

※手続き記憶:ある答えを導き出そうと意識的・論理的に思考するが、何回も繰り返し学習しそれに慣れてくると、その論理的思考の文脈は無意識的な反射や連想的思考に姿を変えてしまう(塚田 稔 2015)。

この「手続き記憶」は、身体が無意識的に動くまでトレーニングをすることを意味するので、日本でも昔から言われている学習方法の1つである「身体で覚える」ということになると思う。

フットボールのトレーニングにオートマティズモ(自動化・無意識的行為)というトレーニング方法がある(前にも説明した)。このトレーニング方法は、例えば攻撃のトレーニングの場合、基本的に相手をつけないで(攻撃トレーニングの場合は相手GKだけを置く場合はある)、考えうる様々な攻撃パターンを実行し習得するのに適したトレーニング方法である。

オートマティズモは、各プレーヤーがチームメートとの相互作用を通じて、各ポジションにおける攻撃の配置や動きを、無意識的に身体が動くようになる(手続き記憶)ことを目的としたトレーニング方法の1つである。相手がいないことで、自チームの思い描くプレーが実践しやすい特徴がある。

オートマティズモを日々のトレーニングに組み込むことで、プレーヤーはチームの組織的な攻撃パターンや守備組織、攻守の切り替え等を学習し記憶することができるようになると考える。

このことから、左脳に局在し、推論と感性によって新しい情報を生み出す「情報創成の世界」も、論理的プロセスの結果によるトレーニングを通した学習と記憶によって、それがコード化された過去の記憶(長期記憶)となるのだろう。それが試合中に右脳に局在する無意識に働く直感モデル「再現的世界」によって、フットボールの試合の複雑な環境とチームメートとの相互作用を通してプレーヤーの創造性として表出するのであると考える。それが即興プレーであろう。

塚田 稔(2015)は創造性についてこのように述べている:

人間は過去の経験を記憶として蓄積し、その記憶を利用して、これからのことを予測して行動決定をする。創造性はその予測する過程で生まれる。


カオス遍歴(カオス・ダイナミクス):

塚田 稔(2015)が言うように、人間は現在の状況をもとに過去の経験にもとづいて未来を予測し行動を決定すると考えられるが、人間には現在の新しい情報を学び学習し行動を決定する機能もあるようだ。

フリーマン(2011)のラットに「におい」を学習させる実験結果から次のようなことがわかった:

嗅球の脳波が新しいにおいを学習するときにはカオス状態になるが、学習した後は連想記憶の表現であるリミットサイクルの安定状態になっていることを示した。これは、新しい情報を学習するとき、新しい記憶と既存の記憶の間のカオス・ダイナミクス(カオス遍歴)によって、新しい情報が学習できることを示唆している。

フットボールの試合は、いくら相手を分析し、予測や対策をしても、同じ場面は2度と存在しなく、類似した場面の多い複雑なスポーツである。そのように考えると、試合中のプレーヤーはいつも類似した新しい状況の連続であると考えられる。その新しい状況を学習することができる機能を人間は持っていることをフリーマンは示している。プレーヤーは新しい状況に類似した過去の記憶にもとづいて、新しい状況を学習し適応すると考えることができる。それが創造性のあるプレー、即興プレーであるのだろう。


引用・参考文献:

塚田 稔. 芸術脳の科学:脳の可塑性と創造性のダイナミズム. ブルーバックス. (2015).

ウォルター・J・フリーマン. 脳はいかにして心を創るのか:神経回路網の生み出す志向性・意味・自由意志. 訳: 浅野孝雄, 校閲: 津田一郎. 産業図書. (2011). 

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