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脳内聖地巡礼イン河川敷

河川敷ってちょっと苦手、っていうこの感じ、なんかわかりますか?


10連休なんて無縁の僕にはいたってレギュラーな日曜だった昨日は休日で、なんだか久々の陽気だった気がしたものだから、これは日光浴でビタミンDの補給でもせねばと思い立って歩いてみたのが、荒川の河川敷。

苦手というよりは馴染みがなくてソワソワするという方が近いのだけど、うちの地元は大きな川がなかったので広い河川敷というもの自体がなくて、高層ビル群や首都高なんかの巨大な建築物と同様に「東京に来て初めて見た」部類のものに入るのが河川敷。
あとは醤油味のしょっぱいそばつゆ。


だから河川敷にまつわる思い出なんてものは自分の実体験の中にはないのであって、歩きながら思い浮かぶイメージといえば創作物のあれやこれやで。


平成も残り2日となったけれども、ぐっと昭和に時間を戻せば「荒川の土手」といえば金八先生か。
「3ねーん、Bぐみーい!」とロン毛の武田氏が大声で子どもたちを呼び寄せるOP冒頭のあのシーンは有名だけれども、実は僕は一度も物語を観たことがない。
平成に入ってからのシリーズも、一度も。

というのも、実家の両親があのドラマが嫌いで、それはたぶん金八が闘っていた大人たちのように規範主義的な価値観をもっていたからということでは全然なく、むしろ子どもたちに対する金八の押しつけがましいパターナリズムを嗅ぎとっていたからではないかと思うのだけど。

そんなイメージが思い浮かぶので、荒川を足立の側から渡る橋の入口付近で、早くも首筋あたりでソワソワ成分が分泌されるのを感じ取ったりするのであって。


土手を過ぎて川の水際の上に差し掛かると、眼下に見えるのは生い茂った草むらで、思い出すのは岡崎京子『リバーズ・エッジ』。

連載されたのは平成初期の90年代前半。
郊外に暮らす高校生の「終わりなき日常」にヒビを入れる、河口の草むらに捨てられた人間の死体。
昨年には映画化されたりもしたけれど、「平坦な戦場」を生き抜くためのその「宝物」はしかし、彼ら彼女らに希望を与えたとまでは原作からも感じられなくて。

しかもそんな日常すら完全に過去のものになってしまった平成最終盤の今となっては、時代の郷愁というより葬送という気分の方が近い気がしてまたソワソワで。

でもたぶんほんとの舞台は荒川河川敷よりもっと「河口」で、描かれ方からするともう少し都心に近い多摩川の方が近いような気がするな、などと聖地巡礼気分に自ら水を差しながら歩く橋の中盤。


対岸では野球をやってる、子どもと、おじさんたち。

野球漫画『風光る』に河川敷のシーンがあったかどうか定かではないのだけれど、『ドカベン』よりはイメージ合う気がするのはどうしてだろうかと思ったら、主人公・野中ゆたかのチームは多摩川高校。

なんだ、また多摩川じゃねえか、と自ら2杯目の水を差しながら、振るというよりバットに振り回されている子どもを横目に、橋を渡りきってしばし休憩。


思うに、たぶん河川敷には「前世紀」の匂いがするのもソワソワの原因のひとつであって。

熱血教師、高校野球、終わりなき日常。
21世紀に希望をつなぐとはあまり考えにくい(高校球児には失礼だけど)モチーフが次々と思い出される光景は、春の陽気と、草野球に興じるおじさんたちの呑気とはどこか裏腹で。


しかし、ふと橋の下に目をやるとブルーシートハウスが目に入る。

ここでさらに陰鬱な気分にもなりそうだというのがたぶん前世紀的な目線だけれども、坂口恭平『0円ハウス』『独立国家のつくりかた』で示された希望を思い出したりすると、僕の魂もスルリと21世紀側に帰ってきたりするようで。

彼にとって、公園は居間とトイレと水場を兼ねたもの。図書館は本棚であり、スーパーは冷蔵庫みたいなもの。そして家が寝室。
(中略)
彼が見ているレイヤーは普通の人が見ているレイヤーとは違うので、誰にも気づかれないし、誰からも奪われない。同時にそこを他の人が使っても文句がない。彼はこれまでの所有の概念とはまったく違った空間の使い方を実践しているのだ。
『独立国家のつくりかた』(2012,講談社現代新書)

ふいに川の上を高速で動くものが目に入ったと思ったら、茶色い波しぶきをあげながらウェイクボードを楽しむツワモノがいたりして、ああ、きっと彼にも荒川が「普通の人」とは違うレイヤーで見えていたのだろうなと、自分の中にわいてくる謎のほっこり感。


まあしかし坂口恭平のも確か荒川じゃなくて隅田川、とぬかりなく自己冷却しつつ、どうして先に『荒川アンダーザブリッジ』じゃなかったのか俺、と思い出すころには、身体はもう千住の町中。

どうしてってお前が読んでもないし観てもないからだろうという声が駅前通りのTSUTAYAから聞こえてきたのでそそくさとDVDコーナーへ入ってみるなどしたりして。


つまずきだらけの脳内聖地巡礼はそれ自体あまりオススメできたものではないけれど、こうして「ああ、あれ読んで/観てなかった」と思い出すのくらいにはいいかもしれなくて、あとビタミンDと、近所に知らなかった銭湯を見つけるくらいにはいいこともある、ラブリーな休日の過ごし方です。


#日日のこと #雑感 #東京散歩 #河川敷 #聖地巡礼 #金八先生 #岡崎京子 #坂口恭平

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