「子ども教育」がやりたいのに、「主婦の働き方」を考えるイベントを開催する理由

今月10月31日、わたしが運営スタッフとして関わっているコワーキングコミュニティteraco.にて、「あたらしいママのはたらき方」というイベントを開催します。

teraco.がオープンして3ヶ月程経ちますが、このような主婦の方向けのイベントは初の試みです。
また、発案・原案作成したのはわたしなのですが、わたし自身主婦でもなんでもありませんし、結婚歴もなければ、興味がある分野は"子ども教育"です。
(何なら、都留という街で生まれ育ったわけでもなく、主婦向けの企画を考えて!とお願いされたわけでもないです)

そんなわたしがなぜ今回「主婦向け」のイベント開催を企画したのか。
理由を少しお話ししたいと思います。

実はかなり個人的な思い入れがあって、自分なりの理由があってこの企画を提案したので、少しだけ自分の経験と気持ちを書いてみようと思います。
もしご興味あれば読み進めてみてください。ちょっと長いですが…。


わたしは、結婚して子どもを産んで、家庭に入って主婦になる、なんてありえない、まっぴらだ、と思っていた

「主婦ってなんて不自由なんだろう」

自分の母を眺めながらいつもそう思っていました。


わたしの母は、専業主婦です。

大分県の田舎で生まれましたが、いつかは都会に出て服飾やデザインの仕事をしたい、と夢に燃えている人でした。
もともと性格がとてもエネルギッシュで行動派、20代の頃は本当にいろんな経験を積んでいました。
大分の片田舎から単身で街に出て、友達の伝手を辿ってバイトをし、自分を売り込んでデパートの紳士服売り場で働いたり画廊でアシスタントをしたり。
わたしとは比べ物にならないくらい、アクティブでイキイキした、自立した女性です。

何かやろう!と思い立った時、行動しなくては居ても立っても居られない、母はそんな人間です。
いつも頭で考えて慎重になってしまうわたしは、そんな母に今までたくさん助けられてきました。わたし自身、そんな母に何度背中を押されたか分かりません。


そんな母は、20代後半で結婚し、子育てをしていく中で、少し変わりました。自分自身の優先順位が下がったのです。

わたしが3歳の時、沖縄への転勤を余儀なくされました。都心でどうしても仕事ができず、ゆったりとした風土や仕事環境を求めた父の都合でした。

沖縄は、父にとっても母にとっても、もちろん子どもであったわたしにとって、縁もゆかりもない土地。
妹がまだ1歳、わたしは幼稚園でやっと友達ができた頃、すぐに住み慣れた土地を離れることになりました。

「沖縄で育った」と言うと、あんなに素敵な場所で暮らせるなんて、とものすごく羨ましがられますが、想像するほど楽しいことばかりではないです。
(もちろん、沖縄は素敵な場所です、悪しからず)

母は、全く知らない土地に極めて幼い子どもを連れていくことに、非常に抵抗を感じていました。

子育てが最も忙しい時期。今いる場所を離れれば、親戚もいません。
父は仕事に忙しく、家事や育児にあまり協力的ではなく。かといって、出世欲はなかったので沖縄に行くことは給料が下がることとイコールで。
子育てを手伝ってくれる実家もありません。ちょっと車を走らせれば着く距離でもありませんし。
おまけに夫婦仲もよくなかった。

「不安だった」「泣くほど嫌だった」と聞きました。
それでも、母には「自分の住み慣れた大好きな場所に留まる」という選択肢はなかったのです。


不自由である原因は「結婚したから」でも「子どもがいるから」でもなかった

沖縄にやむなく移住すること以外についても、母が自由に選べる選択肢は少なく見えました。

家事や育児があるから外に働きに出れないとか、自分が好きだったパッチワークやお菓子作りは時間がないからできないとか、自分に経済力がなく子どもたちを1人で育てられないから父とは離れられないとか。

母はいろんなことを諦め、その状況について不満を言いつつも、現状を変えられずにいました。


今までずっと、母に選択肢がないのは「母親」であり「主婦」だからだと思っていました。
「母親」としてやるべきことが多すぎるから、自分のやりたいことなんて後回しになってしまうのだと。
「主婦」だから、家事をすることが母の仕事なのだと。

そんな母を見ていて、わたしは、結婚し主婦になり母親になることに強い抵抗感を覚えてしまいました。
この家族から出たい、この家から離れたい、と、いつも「ここではないどこか」へ行きたいと思っていました。

そして、いつか結婚して母親になって、自分で自分の生き方を選べないせいで苦しむくらいなら、結婚なんてしたくない、と思っていました。

どうやったら1人で生きていけるか、誰にも頼らずに自分で生きていくにはどうすればいいか。
そんなことばかり考えて、高校卒業するまでの18年間の時間を過ごしてきました。


ただ、大人になるにつれていろんなことが見えてきました。
東京の大学へ進学し、都会のIT会社に勤め、田舎フリーランス養成講座を通じて都留へ移住し、たくさんの人たちと出会うことを通じて、初めの思い込みが誤っていたことに気づきました。


母にとって、「主婦」や「母親」であることが足枷だったのではありませんでした。
本当の課題は、「自分には家庭や子どもを守ることが最優先で、自分が知っている選択肢以外に道はない」と信じきっていたことでした。


主婦や母親がイキイキと生きることが、子どもの学びと可能性に繋がると心から信じている

主婦や母親として長く家庭に入ると、家庭以外のコミュニティとの関わりが薄まってしまいます。
「〇〇さんの奥さん」とか「■■ちゃんのママ」と呼ばれるうちに、個人の存在がだんだんと「主婦」や「母親」という肩書きに昇華されていくような、そんな状況になってしまうのだと思います。

主婦・母親になることが問題なんじゃない。
主婦になること・母親になることが、個人を1つの場所に縛り付けて、何かを諦めさせる理由になってしまう状況がおかしいんだ、と、今ならそう思えます。


これはきっと、負の連鎖を生んでしまうと思います。

子どもは、家族というコミュニティの中で非常に長い時間を過ごします。
だからこそ、子どもは親をみて育ちます。想像以上に、よく見ています。
親がどんな気持ちでいるか、何を考えているのか、言葉の端々や表情の微妙な変化から敏感に感じ取っているのです。

「結婚なんてこんなものよ」「1人で生きた方がましよ」という思い、毎日見ていると分かる何かを諦めたような、疲れた母親の表情を、どんなに隠しても子どもは感じ取ってしまいます。

自分にとって最も近い存在である母親が何かを諦め、苦しみ、主婦や母親であることをハンデだと思ってしまうと、子どもはその負のエネルギーを背負ってしまうのではないでしょうか。
わたしがそうだったように。

そういう思いをしてしまう子を、わたしは出来るだけ生み出したくないんです。

だから、子どもの未来には、母親が個人としてイキイキと幸せに生きることが不可欠だと感じています。
これから育っていく子どもに、親が自分の人生を生きることを楽しんでいると、見せてあげたいのです。何歳になっても、自分のやりたいようにできる、自分の選びたい道を選べる、そう思ってほしいのです。

自分が大人になった先に広がる世界が、可能性に満ち溢れているんだ、と子どもに期待してほしい、と強く願っています。

*****


これが、わたしが主婦向けのイベントをやろう、と個人的に思った根底にある理由です。
イベント自体は、本当に小さいことです。これをやることで世界がガラッと変わる、なんてことはありえません。
ただ、自分の叶えたい世界にちょこっとでも繋がるはずだ、と確信しているので、少しでも、1mmでも、何か変えられるなら本望だと思っています。

「あたらしいママのはたらき方」、もしピンと来た方はぜひ。
一緒にあなたのこれからを考えたいです。


坂口里菜

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ありがとうございます!!
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さかりな

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