みんなのいえ・ひとりのいえ

わたしはあまり家庭環境がいい方じゃなくて。だからうらやましいな、こういう家族って。暖かい家族ってわたしは知らなくて。家の中でさえ心をがちがちに固めていなくちゃいけなくて、そしてそんな自分が悪い子みたいで。家族にさえ心を許せないだなんて。わたしを生んでくれたこと、わたしを育ててくれたこと、わたしにお金をかけてくれたこと、わたしを気にかけてくれること。ぜんぶぜんぶわかるんだけれど、どうしても心があの人たちに流れていかなくて。いつのころからなんだろう。本心を話さなくなったのは。いつのころからなんだろう。甘えなく、なったのは。遠い記憶の片隅に、お父さんに笑いかけた記憶はあるんです。深い心の奥底に、お母さんに手を伸ばした記憶はあるんです。ちいさなちいさなときに。気づけば、ほんとうのことが話せなくなっていて。何度か気持ちが高ぶって、喧嘩みたいにして、口に出してしまったことはあるんです。でも、そんな口汚く出てきた言葉が理解されるなんてことはなくて。日常に戻ってしまえば、またわたしは心を隠してしまう。家族に言えないことが、生んでくれた人に言えないことが、育ててくれた人に言えないことが、当然ほかの人に言えることなんかなくて。わたしは家の中でも外でもずっと一人きりで。ほんとのことを言わないくせに、ずっと誤解されてるって思って。周りが悪いんだって、わたしじゃないんだって。家族が悪いんだ。お母さんが悪いんだ。お父さんが悪いんだ。あんな家庭に生まれたくなかった。もっと甘えさせてほしかった。ほんとの気持ちを受け入れてほしかった。なんで、なんで。なんで、もっと。そうやって、呪詛のように、理解されない自分を取り囲むなにもかもを、そうした自分を作った原因を、呪って、呪って、呪って。そうして、こんな歳にまでなってしまった。自分こそは、そうならないようにって、思って、家族を作って。でもそれもうまくいかなくて。うまくいかなかったことをまた両親のせいにして。自分は悪くないって、悪いのはあいつらだって、呪って、呪って、呪って。あなたが出て行って、あの人が死んで。わたしは一人ぼっちになって。呪って。家族の呪縛から抜け出せなくて。家族なんか一人もいなくなっても、お化けみたいにわたしの後ろに家族の影があって。ずーっとずーっと落第のハンコを押され続けているみたいな気持ちでした。お前は出来損ないだ。お前は出来損ないだ。周りを見てみろ。みんな普通に家族をやっている。お前だけだ。お前だけだ。両親も大事にできず、自分の家族もみな離れていき、それでもまだ、もういなくなった親を呪い続けて、そうして年老いているのは。そんな言葉を頭の中で吐き続ける声がずっとずっと鳴り止まないんです。だからこうして、当たり前に家族をしているあなたが、とても誇らしい。わたしから生まれたあなたが、まさかこんな風な家族が作れるなんて。なんであなただけが。当たり前に悩んで、当たり前に笑って、当たり前に会話のある、そんな当たり前の家庭が、あなたに作れるなんて、お母さんほんとにうれしいわたしだってこんな風になりたかった。いさかいだってあるだろうけれど、それを平凡な日々が平らに均してくれて、お互いに笑いあえなんであなたがわたしじゃなくてあなたがわたしだってわたしだってわたしのほうがわたしのほうがぜったいにあなたよりもこんな家庭をつくりたくてつくりたくてずっと願っていてそうやってずっとずっと苦しんできたのになんであなたがなんでお前なんだわたしと関係ない人ならいいわたしのあり得たかもしれない可能性であるあなたがなんでなんでなんで。ねえこんな風に何十年も閉じ込められたほんとの気持ちは腐り果ててしまっていて、もういいものなんてなにも残っていないの。伝えたい気持ちは確かにあったのに、受け取ってほしい気持ちは確かにあったのに。だれにも受け取ってもらえなくなってしまった。もっといい家に生まれていたらなぁ。