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欲しいものが違うけれど

一緒に暮らしていた彼氏が、「一人で考えたいことがある」と、突然帰ってこなくなって4日目の昼。また突然に帰って来て、だるそうにベッドに寝ころんだ。

前から繊細なところがある人だと思っていたから、何をしていたのか、どこにいたのかと質問攻めにしても困るだけだとわかっている。
でも、同居し始めて半年、こういうことは今までなかっただけに、やっぱり聞きたくなる。

「ねえ」

ベッドに腰を掛けて顔を覗き込んだとたん、長い両腕は腰に絡んで柔らかなマットに引きずり込んだ。無言のまま冷たい指先が服の中に滑り込んでくると、イライラが脳に突き上げてくる。

「そうじゃないでしょ」

みぞおちからさらに上を探ろうとする手を服の中から追い出し、むりやり起き上がった。見下ろす彼の目は、かわいらしいほど寂しさを潤ませて、思わず体を預けてもいいかと思ってしまう。けれど、それじゃ都合のいい女に成り下がるだけ。
私は与えるだけの、男に搾取されるだけの女じゃないと、どこかの恋愛コラムで読んだような意地を頼りに、ベッドを離れて振り返りもせず部屋を出た。

数メートルの廊下を隔てて、それぞれの部屋から何も聞こえないまま一時間が経つ。
私がどれだけ心配したのかを、彼は理解していないのかもしれない。とはいえ、彼が少なからず悩んでいたことは知っていたから、「私!私!」と訴えるのも心苦しいと思ってしまう。

そんな感覚が男を付け上がらせる原因なのだと、経験豊富な恋上手は苦笑するんだろう。でも、かつてばかみたいに愚かな恋愛をいくつも経験して、何度も絶望した私には、彼が私を食い物にするだけの人には思えなかった。そこまで狡猾なことができるほど器用な人じゃない。不器用だからこそ、今もいきなりいなくなるほど悩んでいるのだろうと。

触れたかったら触れればいい。体を預けたって、彼は私の何も奪わないだろう。

それに。
私は彼の妻じゃない。たとえ妻だとしても、立ち入ってはいけないプライベートテリトリーがあるかもしれない。

そう考えたら、もう服を脱ぐしかなくて。
下着すらつけない体にバスタオルを巻いて、彼の部屋のドアを開けた。

「来ましたよ」

ホラ、好きなようにすればいい。
私としては、精一杯の強気でそう言ったつもり。でも、彼は嬉しそうに笑って、たぶん今の私の気持ちは何も汲まずに、迷いなく抱き寄せた。

抱き締めると、お互いの顔が見えなくなる。体温も匂いも肉体の細かな動きも感じ取れるのに、彼の気持ちはいまいちわからなかった。

「男性って、セックスが大事だよね。どういう状況でもやっぱりそこに行きつくんだなあ、てことだよね」

男性は、セックスしたい生き物。
愛情表現の基本がセックス、とりあえずするのが当たり前なんだろう。そうでも言わなきゃ、今の私があまりに都合良すぎて、いたたまれない。

「え?」

聞き返しながらも、彼は私の顔を確認しない。背中に回したままの手をほどこうとはしなかった。

「どうしてそういうロジカルな考え方をするの? 男ってみんなそういうものだから、みたいに言わないで」

じゃあ、この状況は何なの?
アナタは、突然4日もいなくなって、その間ひたすら心配した私に、何か言うことがあるんじゃないの?

「好きだからでしょ。好きだからしたい。それだけ」

耳元で聞かされた今さらの告白に、それでも私は困惑してしまう。彼から説明がほしいと、言葉だけを求めていた私のほうが、なんだか幼稚に感じて恥ずかしくなる。

ずるい。
「好き」で全部丸く収めてしまう彼がずるいと思った。でも、そのずるさは私から何も奪わない。むしろ、あたたかく包み込んで心の震えを止めてくれる。

女は言葉を求めて、男は体を求める。お互いに欲しいものは食い違うけど、結局は愛して愛されて安心したい。
本質が一緒だとわかれば、不安はもうなかった。


そんなこんなで、『ハウコレ』さんでこんな原稿書きました。

体目的なんてありえない!彼氏が、彼女にエッチを求めるときの「本音」

よろしかったらぜひ。




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