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ポンキエッリ《ラ・ジョコンダ》


参考文献

『オペラ・キャラクター解読事典』
基本情報

《ラ・ジョコンダ》

作曲:アミルカーレ·ポンキエッリ
台本:アリーゴ·ボーイト
原作:ヴィクトル•ユゴー
『パドヴァの暴君アンジェロ』


台本の表紙(アルフレード・エーデル画)


ユゴーの原作との相違点

*オペラの構成
ボーイトはこのオペラを4幕版とし、アリアの配置を
【第1幕チェーカ】
【第2幕 バルナバ エンツォ ラウラ】
【第3幕アルヴイーゼ】
【第4幕ジョコンダ】とした。

【第1幕】は導入部の合唱から始まり、物語の前提をすべてここで示し、合唱を大活躍させる。
【第2幕】には、主要人物のアリアがあり、最も劇的なラウラとジョコンダの2重唱を置く。
【第3幕】は第1場と第2場とに分け、第2場に壮大なコンチェルタート·フィナーレを置く。
【第4幕】は破局で、主人公の死の場である。

⭐️【ヴェルディの《オテッロ》と配列がまったく同じ】。
つまりボーイトは、適当に配列していた訳ではなく、徹底してオペラとしての劇的効果を考えて、このような様式を確立した。

中期のヴェルディ作品に倣って、テノール、バリトン、ソプラノ、メッゾ、バスが対立する複雑な構図、大活劇をともなう劇的な場面展開など、聴衆の気持ちをひきつける要素を多分に備えている。

キャラクター

・ジョコンダ
ジョコンダは美貌の歌姫、しかも非常に気が強い。
感情の起伏が激しく、情の濃いこの役柄はまるでプッチーニのトスカさながら。
(ただし世紀末のトスカのような濃密な工口スはまだない)。

しかしジョコンダにはヴェルディ的な大胆さと決断力がある。
ジョコンダにはエーポリ公女の強さとレオノーラ(《トロウァトーレ》)のひたむきさがある。
この役はレパートリー的にちょうどトスカとも重なる。

・エンツォ

屈指の名アリア<空と海>を船上で歌いながらラウラを待つエンツォには、いかにもイタリアのテノールらしい爽快さがある。


・バルナバ
この役にはヴェルディの数々のバリトンのような人間的深みがなく、むしろ例外的なタイプであるイアーゴの先駆になっている。
それはこのオペラの台本作者が《オテッロ》と同じボーイトであることを知れば納得。
そしてバルナバの悪は、《道化師》のトニオ、《トスカ》のスカルピアへと引き継がれていく。

原作との登場人物の相違

*【ティスベ→ジョコンダ】

・26歳と考えられる根拠

ボーイトが第一に考えたこと、それはティスベの身分と彼女の母を助けてくれた時に与えた十字架のエピソードのこと。
これはティスベが「16歳」の時に起きた事件ということで、救ってくれたのは小さな女の子と物語られている。

また、のちにカタリーナ(=ラウラ)が夫に自殺を迫られた時、「22歳の若い身空で死ぬなんて」と言っていることから、少なくともこの事件が10年前で、彼女が12歳の時と想定すれば、⭐️【ティスベは26歳】と推定でき、こうした古い過去が台詞で語られている。

しかしオペラでは、こういう大切な事件をバラード風に語ってしまうのでは効果が薄い。

そこで⭐️【ドラマでは登場しないティスベの目の不自由な母親役を登場させ、事件そのものを舞台で演じさせた。】

・舞台の変更

目の見えない母親を救う婦人が仮面を着けていて顔が見えないので、誰だかわからないという設定にした。

ところが、仮面の風習はヴェネツィアにはあるがパドヴァにはない。
そこで、⭐️【主たる場所をパドヴァからヴェネツイアに移した。】

ヴェネツィアでは祭日のみ婦人が仮面を着けて街を歩くことが許されており、
ボーイトは【第1幕】を春の祭の日で、レガッタ(ゴンドラ競漕)の日と設定した。

・ティスべとアンジェロ

パドヴァの暴君アンジェロは、ヴェネツイアの大貴族に変更し、ティスベとアンジェロの愛人関係は、イタリアの観客には絶対に受け入れられない設定なので、⭐️【ジョコンダとアルヴィーゼはまったく無関係なことにした。】

(ティスべは実際上はまだ貞操を許してないと言っているが、これは、そう言わせておかないとロドルフォと二股かけていることになり、観客の同情を買わなくなるからだが、実際は2人は愛人関係の行動をしているし、カタリーナも、ティスベのことをクルティザンヌ“高級娼婦”と罵っている。)


・ジョコンダの職業と時代設定の変更

アンジェロと無関係という設定にしたジョコンダの職業が問題になってくる。
ティスべはパトロン付きの女優だから金持ちでも問題はない。
ジョコンダはスコアにcantatrice(歌手)と書かれているが、ユゴーが指定していた1549年当時は、女性は歌手という職業で食ってはいけなかったという事実がある。

⭐️よってボーイトは、オペラが誕生し、カストラートのみでなく女性歌手も舞台に
立てるようなった【17世紀】に約100年時代を下げている。

しかし、ジョコンダは自分でcanzoni(歌曲)を歌うと言っているので、オペラ歌手ではなく、大道歌手となるが、これでは食っていけない。乞食同然の生活となる。
やはり、⭐️【愛人専科の女性】であったとしか考えられない。
つまり、台本で明確に書くと、当時の公序良俗に反するのでボーイトはぼかしているが、⭐️【ジョコンダはエンツォが経済的に面倒を見ていた女】ということになる。

それにもかかわらず、ジョコンダはエンツォを本気で愛してしまう。
⭐️一方、エンツォの方は金で解決できる女と思っていたため、【2人の間で心のずれ】が生じてしまった。

*【オモデイ→バルナバ】

・ユゴーの設定の矛盾
オモデイは貴族の妻カタリーナに横恋慕するが、これはユゴーの設定の方があまりにも非現実的だ。
ギター弾きで放浪している密偵と言えば暗殺者にもなる男で、カタリーナとは身分が違いすぎる。
そんな男がおこがましくもパドヴァ総督の夫人に恋をするなんて考えられない。
話をすることさえ不可能だったろう。
そう考えると、ボーイトの設定であるジョコンダへの恋の方が納得できる。

・生き延びる理由

原作ではロドルフォに2日目に刺し殺されてしまうが、オペラでは最後まで生き延びる。
これには2つの理由がある。

1つ目は、二枚目役のテノールが、理由はともあれ舞台の上で人を殺すのは良くないこととされていたから。

⭐️2つ目は、2幕目でバリトン役が死んでしまうと第3幕のコンチェルタートに【バリトンのパートがなくなるため締まらなくなる】ことである。

・オモデイの設定とヴェルディとの類似

ボーイトは、あまり頭の良くない密偵オモデイを、悪の化身であるバルナバに変貌させた。

バルナバの台詞を読んでいくと、それはまさにヤーゴの前身。
「俺の蜘蛛の巣で彼女を捕え、愛してやるんだ」という台詞は、《オテッロ》第3幕の「これは蜘蛛の巣なんだ」を彷彿とさせる。

《ラ·ジョコンダ》ではバルナバのバルカローレ、《オテッロ》ではヤーゴのクレドを配置し、彼らの生き方を比喩を使って歌わせるところなども類似している。


*【ロドルフォ→エンツォ】


・設定の変更


原作のロドルフォは、本名エッツェリーノ·ダ·ロマーナで、200年前にパドヴァを追放された貴族の後裔となっている。
実は、これとそっくりの名のエッツェリーノ·ダ·ロマーノという人がいて、ダンテの『神曲』の地獄篇にも出てくる【イタリアでは残虐で有名な暴君。】

パリでは知られていなかったのだろうが、イタリアでは歴史上の人物として、日本の平将門ぐらい有名だ。
となると【二枚目の設定としてはふさわしくない。】
⭐️そこでボーイトは【ジェノヴァ出身の貴族エンツォ·グリマルド】とした。

【グリマルディ家なら《シモン·ボッカネグラ》にも出てくる名家】で、20世紀では、グレース·ケリーを妃にして世界的に有名になったモナコ大公レーニエ3世(1923~2005)もグリマルディの後裔。

【ジェノヴァの貴族が何故ヴェネツイアにいるのかということに関しては、ボーイトは説明していない。】
⭐️【政治的理由で追放され】、逃亡してきたのだろう。

*【カタリーナ→ラウラ】


・ユゴーの投影

ユゴーは【妻アデールとサント·ブーヴの不倫、自分と女優ジュリエット·ドルーエとの恋をこの戯曲に反映させている】といわれている。
⭐️そのためかカタリーナの台詞に非常に切実なものがあるが、ボーイトは【イタリアの観客が妻の不倫をあまり好まない】ことから【ラウラの影を薄くし】、アリアも小さな祈りのロマンツァ《心は涙であふれている》にしている。

*【十字架→ロザリオ】

重要な小道具である十字架が、ロザリオに変更されている。
迷信的な小道具の方が、十字架というキリスト教のシンボルより向いていると考えたのだろう。プロテスタントはロザリオを使ってないから、古い印象も与える効果がある。


ミラノ・スカラ座初演時のポスター


【『パドヴァの暴君アンジェロ』のあらすじ】


・第1日 鍵 豪華な邸宅の庭園 夜会の夜

女優ティスベはパドヴァ総督アンジェロに思いをよせられ、はたからは愛人に見られているが、実はまだ靡いていない。
彼女は総督に、かつて母の命を助けてくれた少女をなんとか探し出してほしいと頼む。
もうー人前の女性になっているはずだが、証拠はその時与えた十字架だと説明する。

彼は自分はこの町では絶対の権力を持っているが、ヴェネツイアの「十人会議」が常に密偵を放って窺っているので、思うようにはいかぬのだと言う。

そこに【ティスベが兄と呼んでいるロドルフォ】が来るので立ち去る。

彼が来るとティスべは喜んで思いのたけを訴えるが、彼はそれとなくよそよそしい。

ロドルフォが1人になると、それまで近くのベンチに腰を下ろしていたオモデイが立ち上がり、ロドルフォにいきなり貴方の本名はエッツェリーノ·ダ·ロマーナで、200年前に追放された貴族の後裔だと図星をつき、彼がかつてヴェネツィアで出会って恋に落ちた女性カタリーナを今でも捜しているのだろうから、もし会いたければ手配してあげようと申し出る。
口ドルフォは怪しいと思いながらも、彼女に会いたい一心で、その晩、彼と待ち合わせをしてしまう。

【オモデイはティスべに、貴女の恋人が浮気をしている現場を見せてあげるから、総督が首にかけている鍵をだまし取りなさいと耳打ちする。】
ティスベは半信半疑だったが、色仕掛けで総督から鍵を奪う。
オモデイは、今夜その鍵で密会の場を見せようとほのめかす。

・第2日 十字架
カタリーナの贅沢な内装の寝室


オモデイがロドルフォをカタリーナの寝室に案内し、こんなことをするのは、1週間前3人の男に襲われた時、貴方が救ってくれたからだと説明し、夫人が戻るまでバルコニーに隠れていなさいと言って姿を消す。

カタリーナが戻り、侍女を退らせるとロドルフォが姿を現す。

再会の喜びに浸っているのも東の間、人の来る気配に夫人は恋人を礼拝堂に隠し、寝たふりをする。
ティスベが現れ、逢い引きをしていた2人を破滅させてやると夫人を脅す。

しかし、その時カタリーナの手にある十字架が、かつて自分が与えたものであることを知る。
騒ぎに目を覚まして入ってきたアンジェロに、ティスべがいただいた鍵を使って、総督暗殺の計画を知らせにきたのですと言い、夫人の危機を救ってやる。


・第3日 白と黒
[第1場]あばら屋の中


オモデイは、当初の計画は失敗したが、ロドルフォを安全なところに案内した侍女を捕らえてきて、ロドルフォが夫人に宛てた手紙を奪い取る。
その時ロドルフォが現れ、この間の礼だと言って【オモデイを刺して立ち去る。】
オモデイは駆け付けた見張りの男に、この手紙を総督に届ければ大金がもらえるぞと言い死ぬ。

・[第2場]カタリーナの寝室



アンジェロは妻の恋人が書いた手紙を入手し、処刑台を寝室に用意させる。
⭐️【総督に呼ばれたティスベが現れ、大袈裟に処刑などして醜聞を広めるより毒殺になさい、私が良い毒を持っているからと家に取りにいく。】

総督は妻を呼び、手紙を書いた男の名を白状すれば命は助けてやると言うが、カタリーナは口を割らない。
総督は1時間待ってやると言って出ていく。
ロドルフォが秘密の扉から現れ、私の手紙は受け取ったかと聞く。
彼女は夫経由で受け取ったことは言わず、大丈夫だから早く逃げて、最後に私にキスしてと言い、2人は初めて接吻を交わし、彼は出ていく。
総督がティスベと一緒に入ってきて、毒を飲めと命じる。

⭐️【夫人が嫌だと抵抗するので総督は剣を取りに別室に行く。】
その隙にテイスベは夫人に、この毒薬は安全だ、私を信じてと言って飲ませる。

戻った総督は夫人が倒れているのを見て、⭐️【2人の部下に地下に埋葬しろと命じて出ていく。】
⭐️【ティスベはその男たちに大金を摑ませ死体を別の場所に運ばせる。】

・[第3場]寝室


⭐️ティスベはカタリーナを運ばせ、ロドルフォと逃亡できるように【馬車の手配をする。】
ロドルフォが現れ、夫人の侍女から経緯は聞いた、本当にお前が毒を用意したのだなと問い詰める。
ティスベは「私を殺そうとする前にひと言言って、私を一度も愛したことがなかったと」と叫ぶ。
彼は一度もなかったと言う。
ティスベはそれで私は殺されたわ、短剣はとどめを刺すだけと言い、【私がカタリーナに毒を飲ませて殺したと言う。】

【逆上したロドルフオの短剣がティスベの胸を刺す。】
その時、目を覚ましたカタリーナが現れる。【ティスべは「私は愛されていないなら、貴方の手にかかって死にたかった、2人の逃亡の手配はしてあります、お幸せに」と言って息絶える。】


*ユゴー作品の起用の理由


出版社のジューリオ·リコルディは、ユゴーものは当たると確信していた。
以下《ラ・ジョコンダ》に至るまでのユゴー原作のヒットしたオペラ

・ドニゼッティ《ルクレツイア·ボルジア》(1833)
・パチーニ《イギリスの女王マリア》
(1843)
・メルカダンテ《誓約》(1837)
(原作は『パドヴァの暴君アンジェロ』)
・ヴェルディ《エルナーニ》(1844)
・《リゴレット》(1851)
・マルケッティの《リュイ·ブラス》(1869) 

・トビア·ゴーリオのペンネーム

ユゴーのドラマはロジックがきちっと組み立てられており、それを当時のイタリア·オペラの形式の中に無理矢理押し込むのは並大抵の作業ではなかった。
ユゴーのドラマは素材としては非常に素晴らしいのだが、そのままでは効果的なオペラ台本ができない。
依頼を受けたボーイトは戸惑った。

しかし、ジューリオ·リコルディのたっての頼みということで、【トビア·ゴーリオというペンネームを使うことで引き受けた。】
そしてボーイトはユゴーの原作を完全に換骨奪胎し、素晴らしい台本を作り上げた。


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指揮:アダム·フィッシャー
演出·装置:フィリッポ·サンジュスト
衣装:アリース·マリー·シュレージンガー
照明:ローベルト·シュタングル
合唱指揮:ヴァルター·ハーゲン·グロル
振付:ゲーアリンデ·ディル

[配役]
ジョコンダ:エヴァ·マルトン
エンツォ:プラシド·ドミンゴ
バルナバ:マッテオ·マヌグエッラ
ラウラ:ルドミラ·セムチュク
アルヴィーゼ:クルト·リドル
チェーカ:マルガリータ·リロワ
ズアーネ:アルフレート·シュラーメク
大道歌手:アルフレート·ブルクシュタラー
イゼーポ:ホルヘ·ピータ
水先案内人:イェーラン·シミク
第1のゴンドラ漕ぎ:ベネディクト·コーベル
第2のゴンドラ漕ぎ:ペーター·ケーフェス
修道士:フランシスコ·バルス
バレエ:ウィーン国立歌劇場バレエ団
演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団·合唱団

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