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夢切り絵【水泳の全国大会】

夢切り絵という名前が適切なのかは分かりませんが、毎度のこと、作品名や記事のタイトルなどを考えるのが私は苦手なのでございます。
題名を付けることが作品をどこかで発表するにあたって、最初に悩ましい要件かもしれないと私は感じております。
広告のキャッチコピーを考える方や、人にあだ名をつけるのが上手な方などは、タイトル付けの才能があるのだろうと常々注意深く見ているのですが、やはり感心して見ているだけに留まっております。

私は作業をしながらよくYouTubeでゲーム実況動画を見ているのですが、動画を撮って編集することはもちろん、投稿する度に面白いタイトルを考えなければならないことも、自分の身に置き換えると大変なことの一つのように思います。

多くの方が、自分のYouTubeチャンネルやSNSで何かしらの投稿を行っている現代では、私もタイトル付けが苦手などとは、言ってはいられない気持ちにさせられます。

昨日に引き続き、2枚目の切り絵投稿でございます。
こちらも1か月ほど前に完成したものなのですが、1日に見た夢の絵を描いて、それを切る工程に約1週間ほど時間を使っているので、毎日見た夢をメモしていると、メモばかりが大量に溜まってきている状況でございます。

すでに完成している切り絵があと数枚ありますので、数日はコンスタントに投稿出来ると思いますが、完成している切り絵を投稿し終えたら、少し間が空くと思いますので、次の切り絵が完成し次第、投稿する予定でございます。


皆さんにはどんなお話に見えるでしょうか。
題名は「水泳の全国大会」でございます。

私は子供の頃から足がよくもつれる傾向にあり、何もない所でもよく躓き、走ると転ぶことが多いので、陸上では怪我をしないよういつも気を付けて生活をしております。

運動が苦手な私ですが、実は、泳ぐことだけは、人並みにできる一面があったことを子供の頃に気づいておりました。

現実ではもう何年も泳いでおりませんが、夢の中で久しぶりに気持ち良く、泳ぎを満喫することができました。

私がプールで泳いでいると、急に二人の女の子が出現しました。
女の子たちは
「全国大会、一緒にがんばろう!」
と口をそろえて私に向けて言いました。

私はあくまで人並みに泳げるというだけで、大会に出るような泳ぎが出来るわけもなく、この子たちは知らない子でもあるので、私に言ったのではないのかもと、その時は現実逃避をしました。

女の子たちから感じる、大会に向けた熱意とちょっとした高揚感や、緊張感が伝わってきておりました。
私は何かを思い出しそうになりましたが、暗転し心がまどろんだまま、気が付くといつもの服装に戻り、泳いでいたプールも無くなっていました。

そして全国大会当日らしき映像が流れます。
大きなプールを上から俯瞰で見ている映像でしたが、会場の熱気の中にいるような体感と、あの女の子たちが頑張って泳いでいる様子が見えました。

少しだけ嫌な予感がしながらも、ただ眺めておりますと、ついさっき泳いでいた二人の女の子が目の前に現れました。

「どうして来なかったの!?」
「あなたが来なかったから、負けちゃったんだよ」

大会に参加しなかったことへの怒りの気持ちが、急に私に向けられます。
女の子たちの怒りと、その会話を聞いていた周囲の人たちの興奮が、場の熱気に包含され、その場を騒然とさせますが、かすかな罵詈雑言と黒い者たちが視界を埋め尽くし、すべては消えてゆきました。

わずかな動悸と冷や汗を引きずりながら、ふと気が付くと、目の前には電車が見えました。

周囲にはごつごつした岩や雑草が生い茂っていて、あの大会会場は完全に消えてしまったようでした。
この場所は、夢の中で何度が来たことがあるような気がして、私は、この場所で電車を眺めると、いつも不思議と心が落ち着くという経験をしていました。
冷や汗が引くまで、岩に座って、電車を眺めることにしました。
電車が特に好きというわけでも、この場所を知っているわけでもないと思うのですが、ここにいると、とても心が落ち着きました。

不快感が薄れると共に、眠気が瞼を下ろすと、そのまま現実に切り替わるように、目が覚めておりました。

私は自分が忘れっぽい特性を持っているということを、発達障害と診断を受けるまではっきりとは、知らない部分がございました。
学校へ行く前日の夜に、明日の時間割を見ながら、忘れ物がないようにしっかりと持っていく物を用意しておくような子供でしたので、忘れ物はあまりしたことがありませんでした。

しかし、ついさっきの授業で先生が言っていたことなどは、全く聞いていないときや、聞いてもすぐに忘れてしまう癖がございました。
次の授業は教室移動があると言われたのに、私だけ失念していて、いつもの教室に一人取り残されて、授業に遅れたり、理科の実験のテストで、一人づつ別の教室に呼ばれて実技テストを行うという指示があったときも、呼ばれたら教室に行くということ、テストをするということを失念しており、教室がどこかも分からなければ、何をテストするのかも何も話を聞いていないということが、ちょっとした事件になったこともございました。

今では、短期記憶の弱さと、耳から届く情報を処理する能力が著しく低いことが判明しておりますが、当時は、どうしてこうなってしまうのか理由も分からず、先生たちの叱責が日々強くなっていく状況にただただおろおろするばかりで、自分自身を責め続けておりました。

前以て準備をするという几帳面な性格が「忘れ物」を無くしてくれている部分もあるのですが、私の場合は、比較的大きな事柄を丸ごと忘れてしまうことがあったので、何かの約束をすっぽかしてしまうことや、遅刻してしまう可能性をいつも恐れています。

大人になってからは、メモ魔になったので、私のスマホ、パソコン、机の上、部屋の至る所にいつもたくさんのメモがございます。
今では、大事なことを忘れるということはもう無くなっておりますが、今回の水泳大会のように、大きな事柄をすっかり忘れてしまっていたことを気づいたときの、あの一気に体中の血の気が引くような絶望感は、いつまでも忘れらない思いとなりそうですが、この先も失敗をしないために、これくらいの戒めはあった方が良いと思ってしまう側面もございます。

子どもの頃は、怖い場面になると目が覚めてしまうことがよくありましたが、心を落ち着ける作業まで、夢の中で終えてから、しっかり目が覚めるようになってきているような気が致します。

もしかしたら、いずれ電車が好きになるではないかと、思ったりするくらい、夢の中で眺める電車は、心に平穏を届けてくれます。
おかげで目が覚めるときは、すっきりと起きることができております。

また次回も見て頂けましたら、幸いでございます。

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