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花盗人(はなぬすびと)

今より知識が浅かったころは、桜も梅もわからなかった。梅も桃もわからなかった。時期も香りも。そんなものです。

ある夜に歩いていたら、ちょんちょんと小さな兆しをつけた枝木を見つけました。思わずなんの花だろうと一枝手折ってしのばせた。挿し木接ぎ木をするわけでもなく欲しいに限った気持ちだけ。色も匂いもこれからという花には、悪いことをしたなと思い出します。今はしません。

花盗人(はなぬすびと)は昔からありました。『明月記』で知られる歌人の藤原定家も花盗人になったその一人です。こんな話があります。

ある正月のこと、一人の男が狩衣を着た侍を従えて御所の禁庭に立ち入った。男はそこにあった八重桜の枝を使いの侍に取らせ、袖にくぐらせ持ち帰ります。実はその様子を見ていた官人がいて、花どきでもないのに妙なことをする者がいたと、天皇に言上する。

その男こそ定家。調べて分かったのは、定家には悪意などなく、ただ折った枝を接木にしたかった、というもの。それを知った天皇は、咎めこそしませんでしたが、妻を介してひとつの歌を届けさせました。

なき名ぞと のちにとがむな 八重桜 うつさむ宿は かくれしもせじ

「花盗人に罪はない、なんて後になって言い訳しないこと。継いだ枝木に花が咲けば、もはや隠しようもないことなのですから」

それに対して定家の返事は「日夜あなたにお仕えしている御所の桜が慕わしくて、頂戴しました」「私も桜の姿を思うことで御門の庇護を願います」と、花泥棒を認めつつも、花を手に入れたかった気持ちは隠し切れない様子です。

定家はそうとうな草木の愛好家だったらしい。もし天皇に咎められたとしても、自らの行ないを省みるより花を愛しむ気持ちが勝ったのではないかしら。なんて思います。

こんな風流がついてくれば花盗人も大目に見られるのでしょう。けれどいま時は、ひとの家の植木をそっくり持っていく者がいると聞くし、それを罪にならないなんて言ってしまうのだから、ほんとに困ったものです。今日もいちりんあなたにどうぞ。

ヤエザクラ 花言葉「豊かな教育」

八重桜の花は4月のなかば


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