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北の高台で、流れ星を迎える

 なんでこんな寒い日に、こんなところでキャンプを張っているんだろう。
答えは簡単だ。300年に一度の流星群が見えるのが今晩だからだ。
私は友人からその話を聞いてきて、彼に伝えた。
「俺はごめんだ。そんな寒いところに行くのは」
彼は夏生まれで、寒いのが苦手だ。だが、流星群が見えるのは都会のイルミネーションのある空ではなく、北の地方、特に山に近いほうだと決まっている。

「なんでそんなもんをそれほど見たいんだ」
彼は何度目かの溜息とあきれ顔を私に向けた。
「流星群なんざ、珍しくない、とは言わんが、このクソ寒いのにわざわざ見るほどのもんじゃねえだろ」
こういう口振りは普段通りだ。だが本気で不思議がっている。
「だって、300年に一度よ。次に”しろくま流星群”が来るときには、私もあなたもこの世にいないわ。チャンスよチャンス」
「…お前がそんなに天体ショーに興味があるとは知らなかったぜ」
「そりゃ知らないでしょうよ。話したことないもん」
 小学生の頃はよく、「星座表」片手に星を見に出かけた。私は科学館の「こども天文クラブ」の部員だったことすらあるのだ。出席カードにスタンプを押してもらい、10回のクラブ参加を1回も休まずスタンプをもらうと、ご褒美で1回、プラネタリウムの入館料が無料になるのだ。
「ね、行こうよ」
「嫌だね、俺は家でぬくぬくと過ごしたい」
「お願い」
「大体この天体ショー、年越しの時期だろ。いいのかお前は実家にいなくて」
「両親は夕食バイキングつき温泉旅行が当たったから出かけるんですって。妹は友達とテーマパークでカウントダウン。女子ばっかり5人組で。私だけ暇なの」
 そう、私がこの年末に家にいたくない理由があるのだ。

 それで、結局彼が折れて付き合ってくれることになったが、テントを張ってキャンプ?!聞いてない!!
 しろくま流星群を見るために上がった高台は、風が冷たいが雪はそれほど積もっていなかった。彼は手早くテントを立て、火を起こした。サバイバル術をどこで学んだのかと聞いたら、学校の課外学習だという。男子校ってそういうこともやるのかと驚いた。
私はテントを立ててもらったお礼に、食事を作った。アウトドアだからそんなに凝ったものはできない。マッシュポテトとホイップクリームを解凍するために保冷バッグから取り出し、別の保冷バッグからはタレを漬け込んだお肉を取り出した。一番いいのはただお肉や野菜を焼くだけ。彼はお肉が大好きなので、たくさん用意してきてよかったと思った。
「何作ってるんだ」
「デザートとサラダ」
 野菜が苦手な彼に野菜を食べさせるために、ポテトサラダを作った。サバイバルナイフでキュウリを切ったのは初めてだ。それから、カンヅメのミカンとカステラをさいの目に切ったもの、ホイップクリームを合わせて。そう、トライフルだ。
寒いからと言う理由で、ホットワインを飲まされた。ほわほわと温まる。アルコールは飛んでいるから程よく温まっている。
 冬の星座を一つずつ指し示す私に、関心なさそうに彼は頷いている。もう眠いのかもしれない。

 その時だった。

「あ」

遠くの空に流星群が見えた。あたりは静かで私たちだけしかいない。
「すげえな…」
彼の声を聞きながら、私も天体ショーに見入っていた。目が離せなかった。
そのまま、二人でより添って空を眺めた。少し冷えてきて、彼が薬缶に湯を沸かし、コーヒーを淹れた。
「一緒に見られて、よかった」
「ああ、あんなにすごいとはな」
コーヒーの香りがたちのぼる。彼の腕時計を見ると、日付が変わっていた。
「年が、明けたね」
「そうだな」
 去年の今頃学生だった私は、社会に出て彼との関係が変わってしまうかもしれないと恐れていた。実際には、それほど大きな変化はなかった。冬の休暇が終われば、またそれぞれの場所へ戻り日常が始まる。
「仕事、どうだ?レセプショニスト、だっけ。慣れたか」
「まだ右も左も分からないことばっかり。毎日必死よ」
現実に引き戻されてうんざりした顔の私に、彼はコーヒーのお代わりをついで笑った。
「まあお前ならできるだろ」
 私は頷いた。
「今年も」
彼は言葉を継いだ。
「お前と一緒にいられるように祈っちまった」
素っ気ない表情でそんなことを言う彼の姿が新鮮で、私は彼に寄り添い、おでこをこつんとぶつけた。

 夜が明けたら、どんな日々が始まるのだろう。

BGM:米津 玄師「ORION」

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