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人生を変えるとは、過去を愛する事。

「どんな人間でありたいか」

私は物心ついてからずっとこのことを自分に説いてきた気がする。その根底にあったのは、個性が強い自分が周りに受け入れられないことによって私に染み付いた、「自分には価値がない」という前提だった。だからこそ、この0の状態からどう自分を向上させれば良いのかと、いつでも周りを見まわして、そのヒントを探し、精一杯努力してきたのだと思う。創業して、出版という一つの夢が叶い、300名で埋め尽くされた恵比寿のガーデンルームで行われた出版記念講演会で、「今日この舞台に立てたのは、妥協しないで目の前のことに打ち込んだ今日までのすべての日があったからだと思う」と冒頭に私は、静かに話した。今から5年前、30歳の時だった。

まだ瞼の裏にあの日が残っている。

真っ暗なホールの一番後ろで、来てくれた方々のたくさんの背中越しに、10分程の自分の映像を見て、一番前まで歩いて行って、光の当たるステージに上がったあの瞬間のこと。講演後、日々を全力で駆け抜ける一人の無邪気な少女の、ぐしゃっと笑って、ばしばしと来てくれた人たちを叩いて喜んでいる、その顔や来てくれた人たちの顔。あの時にも、私は自分の過去を振り返り、そこまでの努力を、一度強く抱きしめた。

27歳のオーストラリア一人旅に向かう飛行機の中、30歳のこの時、そして、32歳で情熱大陸出演後に心身を壊して海外に逃げ出した時...そんな経験が人生に何度かある。

先日、元湘南乃風の若旦那のライブがあった。自分の誕生日に、自分が新羅慎二という本名に名前を変えて、リスタートする日にさだまさしさんをゲストに呼んで行った門出のライブだった。そこでさださんは、面白いことをたくさん言いながら会場を沸かせ、時に真剣に「人はいつだって生まれ変われる。変わろうとした時に、過去だって変えられる」と話していた。目の前で若旦那の今日とそこに至るまでのすべての過去を抱きしめているように見えた。人は弱く、常に不安で、誰であっても、たった一人で強く未来を見ることはできない。彼らの姿を見ていて、私自身辛かったと言っていた10代の頃も、連綿と続く無限とも言える時間の中できっと親がずっと私を肯定し続けてくれたのだと思えた。そのステージには、二人の、ではなく人類のドラマが詰まっていたように思えた。そして、それに共感して、感動して、ただただ涙が何度も流れた。

生まれの不遇で人生がそれっきりだったら、人生はとても不平等だけど、特に日本では現在と未来は自分で選ぶ事ができると私は思う。過去に言い訳をしながら、未来を諦めて現在何もしなかったら、不遇でも、不遇でなくても同じように未来はない。大事な事は一つだけで、どんな過去だったとしても、じゃあ未来どうしたいのか、本当はどうでありたいのかを考えて、今を変える勇気がある人だけが、違う未来に立つ事ができる、という事実だから、この現在というフェアな土壌で、自分が何をするかを、ちゃんと選び続けたいと、私は思う。そして、それはずっとずっと私がしてきた事で、信じてきた事。

実は、12,3歳の時から10代の私の座右の銘は、「打てば響く鐘であれ」というものだった。生きづらい閉塞感を親にぶつけて涙した日も、家の五右衛門風呂のお風呂を薪で焚きながら、「負けてはいけない。私はここから何を学ぶのか」と自分を奮い立たせていた。私は、何を隠そうずっと長い事(20歳くらいまで)自分に対するネガティブな気持ちが本当に強い人間だった(と思う)。上記のような特異な環境で育った普通と違う自分だから失った自信を、高校、大学とステージが変わってもいつまでも挽回できずにいた。

私の場合は、でも今に対しては、自分に自信がない事やネガティブな事よりも未来への努力に興味があった。というか、自信がない事は、やらない理由・挑戦しない理由にはなりえない。悩む事ではなく、自分の成長に時間を投じたし、「負けるものか」とポジティブな態度と行動をとり続けた。自信があってもなくてもいい。大事なのは、それでどうするの?って事だと思う。そして、やった人間にしか常に未来は訪れないのだ。いつでも「やる」ほう、挑戦の方を選んで、努力し続けた。だから行動しなければ、訪れないであろう未来が、何度も私に訪れててくれた。

その時に、過去が変わった。不遇だと思っていたことをきっかけに私は、強くなり、努力ができ、未来が実った、と。私は否定してきた自分の特異な人生を、すっと愛する事ができた。人生を変えるとは、自分の過去をできない理由にせず、やる理由に変えて、ほしい未来を自分の力で手繰り寄せること。その先の未来で、いや前向きな挑戦のさなかではもうすでに、自分の人生を少し好きになっている。いつだって最初のchangeは自分が作るしかない。そのなかではもう、人生を愛し始められるのだと思う。

私たちの人生は全員すべからく、抗えないところから始まる。すべての不可抗力を否定することは簡単だけど、否定して投げ出したとしても、自分の人生を生きるのは結局自分なのだから、愛さないとやってられない。35歳にもなって、子供を産んだ私は、だからか前よりも、今起こる不遇も、自分を知りまた生まれ変われる、フレッシュな機会なのだと、ようやく思えてきた。何より本当に落ち込んだ時・苦しい時にしか見えない、世界の美しさ、人の優しさ、自分のひたむきさは、決して悪い事と片付ける事などできないと思えるから。


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