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地の国編〈壱〉 蝋燭の明りの先に(始まり)

 この迷路の様な廃屋を訪れたのはいつ頃だったのか。

 ただひたすらに続く闇の中の坂道を下り、ようやく辿り着いた平屋のはずの広い一軒家。

 紗世の持つ蝋燭だけが頼りの闇の中で、更に深い闇が廃屋の中を支配している。元々この廃屋に入るつもりはなかった。

 建物が異常だった。未だに続く坂に存在するそれは、坂と平行に建っている。しかも酷く朽ちているというのに崩れる様相はまるでない。重力に反しているし、経年劣化も止まっているようだ。

 そしてこの世界そのものが普通ではなかった。


 最初は散歩と称して三人で湖岸を歩いていた。

 整備された湖岸の歩道を、右に鳰鳥湖にほどりこを見ながらのんびりと歩いていた。

 いつも仲の良い三人は、両親が交通事故で他界してからは残された家でそれぞれ自由に暮らしていた。

 長女の紗世は高校卒業後に地元の建築会社に経理職として就職。

 次女の瑞穂も高校卒業後に地元の和雑貨工房に就職した。

 末妹の光紀は中学こそ卒業したものの、苛められていたことが原因で家に籠ってしまっている。裁縫や料理、園芸は得意なため、家事を引き受けてはいるが独りで外に出ることは無い。

 休みの時は籠りきりの光紀を散歩に連れ出すのが2人の役目となっていた。


 この日は朝から快晴で、綺麗な秋空が広がっていた。

 そんな日の夕刻である。夕日もとても綺麗である。

 いつもの様に湖岸に向かって歩く。

「寒い時期の夕日が綺麗なのよね。」
 夕日を見ながら紗世が言う。

「それは分かる。私もそう思う。けどさ、昼間はあんなに暖かかったのにメチャ寒いんだけど。」
 ダウンコートとマフラー、手袋で防寒しているが、瑞穂は超寒がりである。

 11月初旬の夕刻。

「光紀、あんたのその帽子貸してほしい。」
 光紀が被る光紀手作りの羊毛フェルトで編み込まれた帽子を指差して言う。
「え…」
 瑞穂のその言葉に光紀はビクッとした。
「ごめん。ウソ。気にしなくていいよ。」
 明るく言って光紀の左手を取る。
「大体光紀が身に付けてるのって、服もだけど全部あんたの体型に合わせて作ってるんでしょ?私に着れるわけ無いし、帽子だって私の頭じゃ被れないよ。」
「こ、今度作るね…」
 おどおどと首をすくめて小さく言う。

 買い物のための外出すら出来ないでいた光紀は、気付けば自分の服まで作るようになっていた。買うのは下着ぐらいである。それも紗世か瑞穂がお店かネットで買うというから、余程外界と関わりたくないという気持ちが伝わってくる。

「あ、そうだった。新しいカタログ貰ったから後で渡すね。欲しい生地あったら注文するよ。」
 紗世が思い出して言った。
「うん…なんかごめん…」
「お金の事気にしてるの?いいよ。そんなの気にしなくても。」
「そうそう。いつか店出そうよ。光紀が裁縫系の物作って、私が雑貨作って、お姉ちゃんが事務系の事すればさ、何となく形になるでしょ?」
「簡単に言ってくれるよ。光紀、気にしなくていいからね。あんたのペースでいけばいいから。」

 夕日百選にも選ばれているこの辺りは、近くの道の駅に車を止めて写真を撮りに来る人たちで賑わっている。

 湖岸に出た三人は夕日を眺めた。まだ日の入りまで数分はある。紗世がスマホを夕日に向け、写真を撮り始めた。向こうの山に隠れようとする橙色の太陽がとてもまぶしい。雲のかかり具合も幻想的である。

「あそこの漁港にも行ってみようか?」
 紗世が右手で北の方にある小野江漁港を指した。
「またそういうこと言う。前にも無断で入って怒られたじゃない。」
「柵の外側なら文句言われない。」
 瑞穂は諦めてその提案に渋々従った。

 小さな漁港の船着き場で鳰鳥湖を眺める。結局柵の内側に入っている。

「この土地で暮らして15年は経つけど、あの島に行ったのって小学生の時のあの一度きりなのよね。」
 紗世が感慨深げにそう言った。

「私は行ったことないな」
 瑞穂は興味も無いとでも言うように短く言う。確か瑞穂の時は季節外れの台風の影響でフローティングスクールが中止になった。

 光紀の時は彼女自身が発熱のため参加できなかった。

「あの島、なんか怖い」
 光紀は紗世の着ている服の裾を摘まんで囁くように言った。
「アハハ!何?やましいことでもあるんじゃないの?」
 紗世は可笑しいと言って笑った。
「ほんと光紀はビビリィだね」
 瑞穂もそう言って光紀をからかう。光紀は顔を真っ赤にして言い返そうとしたが、普段から大人しく自己表現が苦手で引っ込み思案な光紀には無理だった。
「ゴメンゴメン!あんたはそれでいいの!」
 紗世と瑞穂が笑いながら光紀の頭を撫でる。

「あの島は有名な弁天様が祀られてるのよ。あの頃はまだ神社仏閣に興味なかったから、住職さんの話もまともに聞いてなかったけどね。やましいことあるのは私の方だよ。」
 紗世は勿体ないことをしたと言って笑った。

「うーん…。そうねぇ…。会社の方一週間程有給取って行ってみるかな?」
 と、紗世が呟いた。
「観光!?私も休み取る!」
 その言葉に瑞穂が反応した。
「お金はどうするの?」
 稼ぎの無い光紀にとっては心配だった。
「貯金全額下ろす。」
「えっ?私たちの貯金まで全額?」
「違うわよ。私の貯金だけで十分だわ。」
 紗世は心配するなというように笑顔で言う。

 両親が亡くなってからはプライベートではおしゃれというものに目を向けず、殆ど会社一筋であった。会社は制服だから多少の化粧さえしておけば何とかなる。

「瑞穂と違って化粧品やファッションにお金掛けてないから。」
 掛かる生活費全般を差し引いた分と、財形貯蓄で紗世は年齢の割には貯金があるのだ。

 亡くなった両親は築年数はかなり古いが一軒家を残してくれている。そして無駄に広い庭が有りそこを畑にして野菜を育てているため、ある程度食費は安く済む。

 また両親が亡くなった時の保険金があるため生活には困らないが、光紀が成人するまでに家をリフォームする予定を立てているため手を付けないでいる。

 両親は生前、家族で民宿を経営したいなぁと夢を語っていたが、湖岸には既に数件の旅館が有り、湖岸から離れたその場所で民宿を経営するのは難しいと悩んでいた。

 両親の夢を叶えるのは無理だが、瑞穂が言ったように将来は店を持つことを考えている。瑞穂と光紀の才能を生かしたい。

「とりあえずパンフを手にいれようか」
 再び歩道に戻り道の駅のある方に向かって三人は歩き始めた。

 観光船で鳰鳥湖一周したいだの、南湖の方の湖岸の可愛いお店で人気のデザートを食べたいだの、釣りがしたいだのと、夢を膨らませつつ語らいながら歩いているうちに、辺りが静かなのに気付いた。


 三人は立ち止まった。

 辺りを見渡す。

 そこは見慣れた景色ではなかった。

 空は紫がかった気味の悪い色をしており、雲はまるで墨のようだった。

 本来なら湖岸道路を挟んで左側に道の駅がある筈なのだが、それすら無い。何も無いのである。

 多様な水鳥が多く飛来している筈が、鳴き声すらしない。

 足元を見た瑞穂の目に、一つの小さな小石。翡翠色をしたそれをしゃがんで手に取る。ひんやりとしたそれをじっと見つめ、落とさないように握りしめ、背のリュックを下ろした。チャックを開け、中から小瓶を取り出し、その中に入れた。

 瑞穂の不思議な収集癖を気にもせず、紗世はあたりを満遍なく見回した。

「何?どうなってるの?」
 光紀は瑞穂にしがみついた。

 空を見上げても見えるのは不気味に広がる紫の空と墨のような雲。そして右手にある筈の鳰鳥湖は水が引いたかのように無くなっていた。先程まで見ていた沖にある筈の壱木島も無い。草木も枯れている。

 足元にはどこまでも続く下った坂道。アスファルト等ではない。田んぼの畦道のように舗装されていない道らしきものが下って続いていた。枯草とゴロゴロした角ばった石、砂。

 引き返そうと歩いてきた道を振り返ると、そこには岩のように大きな丸い石が鎮座していた。先程見回した時にはなかったはずの大岩。

 辺りはどんどん暗くなっていく。

「何が起きたのか分からないけど、戻れないのはたしかみたい。このまま行くしかないわね。」
 紗世は声の震えを抑えながらそう言った。

 何故進むことにしたのかはわからない。二人も反対しなかった。

「瑞穂、光紀の手、しっかり握ってあげてて。」
「う、うん…。光紀、ほら」
 瑞穂は光紀の左手をしっかりと握った。瑞穂の手に光紀の手の震えが伝わってくる。

 緩やかとは言えない坂道をゆっくり進む。足元が見えにくく危ない。

 瑞穂は紗世の服の裾を握りしめゆっくりと後に続いた。

「せめて明かりがあればいいのだけど…」
 紗世は不満を口にする。

 ゆっくり進んでいるせいかそれほど距離を歩いている感じはしない。たまに石に足をぶつけてしまう。また窪みに足を取られ転びそうになりながらも三人は進むしかなかった。

 勾配はそれ程きつい訳では無いが、それでも一向に上がること無くひたすら下っている。

 時間にしてどれぐらい経ったのか分からないが、三人は漸く暗闇に目が慣れてきた。

「なんとなく慣れてきたね…」
 瑞穂が紗世の右手の袖口を掴み直してそう言った。

 紗世の足が止まる。2人も足を止め紗世を見た。

 そして三人は目の前に広がる光景を見つめた。まるで遺跡の様な光景が坂の途中に広がっている。

 そしてそこからは勾配が少しきつくなっていた。

 足元の眼下に広がる博物館でしか見たことの無い大昔の土器や建物の跡。

 広がる先は暗くて見えないが、さらに坂道が続いているようだ。
「マジでワケわかんない…」

 紗世は足元に転がる多くの土器や生活の跡らしい窪みをゆっくりと歩きながら物色した。

「光紀の好きな大昔の跡よ。凄いわ。」
「凄いのは分かったけど、この状況楽しんでない?」
「興奮してるのよ。」
 紗世は呆れる瑞穂とその瑞穂にしがみつく光紀をそこに残し、あれこれと使えそうな物を漁り始めている。光紀は恐怖で言葉も発することができないでいた。

 二人は紗世から離れてはいけないと思い、あれこれと落ちている様々な形の物を漁りながら、更に奥に進もうとしている紗世を追った。

 きつい勾配の中で転がらずにいられることも不思議ではあるが、更に不思議な光景が広がっていた。

「多分ここは大昔の集落跡よ、お姉ちゃん。あれ、たぶん祭壇。」
 震える声で光紀が紗世に言った。

 紗世と瑞穂は光紀の指さす方向を見た。

 暗がりの中に人工的に作られた大きな石の祭壇。

 大体横幅40センチ、高さ60センチ、奥行き1メートルぐらいの灰色のように見える大きな石が、2メールほどの間隔で2個あり、それを足の代わりにしてさらに大きな石が横たえてある。湿気はないのか苔は生えていないようだ。

 全体的に粗削りであるが、上面は平たく削られ光沢が確認できる。そしてこの祭壇のような物がある場所だけ坂ではなかった。

「凄いね…」
 紗世はその大きな石の表面をそっと触った。

 瞬間びくっとして手を引っ込めた。

「ど、どうしたの?」
 瑞穂と光紀が紗世のその仕草におびえて聞く。
「何かいた…」
 紗世のその言葉に光紀が硬直した。

「ここに居ちゃいけないかも…」
 そういうと紗世は二人を促して祭壇から離れた。

 その時紗世の足に何かが当たった。紗世はしゃがんでそれを手に取った。

「な、なに?それ…」
「…燭台…」
 紗世は両手でその燭台らしきものを吟味した。

 紗世の趣味は神社仏閣巡りであり、燭台は見慣れた雑貨である。そして好きな雑貨の一つである。

「この燭台、多分この場所の時代の物じゃないわ。錆つきもないみたいだし、デザインがすごく凝ってる。」

 紗世はそういうとリュックを下ろして中から手ぬぐいを出した。
「ちょ、何も家事みたいなことしないでよ。」
「まぁまぁ、いいじゃないの。」
 紗世は笑ってその燭台を手ぬぐいで拭き始めた。結構丹念に拭き清めている。

 しゃがみこんで燭台を拭く紗世を、二人は立ったまま呆れて見ているだけだった。

 ひとしきり拭いて満足した紗世は「お待たせ」と言って立ち上がり、リュックを背負った。

 すると今までなかった風が吹き抜けた。かなりきつい風にあおられ、三人は急いで祭壇の陰に身を寄せた。

「目が痛い…」
 光紀が目をこする。砂が目に入ったのだ。

「目薬持ってるよ」
 なぜかどこに行くにも救急セットを持ち歩く癖のある瑞穂が大きなリュックを背から下ろし、中から目薬を取り出した。

「いつも思うんだけど、ちょっとしたお出かけでもその大きなリュックでしょ?一体何が入ってるの?」
「貴重品含めたいろいろ。あの古い家よ?鍵かけてても心配じゃない?空き巣。」
 そう言いながら瑞穂は光紀に目薬を差してあげた。最近あの町内で空き巣被害が起きているから不安だと言う。

「もう少しはっきり見えるといいんだけど、この暗さじゃちょっと難しいな…」
 瑞穂がそう呟いたとき、不思議なことに上から蝋燭が落ちてきた。和蝋燭である。しかも結構大量にである。

「何事っ!?」
 瑞穂は目の前に広がるように散らばったそれらを見て絶句した。
「確かに蝋燭あったらなって思っていたけど、いやいやありえんでしょ!」
 紗世も驚く。

 光紀に至っては気絶していた。

「ありえんてぇ、マジありえん」
 言いながらも紗世はちゃっかりその蝋燭を一本残らず回収した。

「何本?」
「108本。」
「煩悩かよ。」
 瑞穂は108本に突っ込みを入れた。
「除夜の鐘、煩悩百八つ。人間なんて煩悩の塊よ。」
 と紗世はおかしそうに言った。

 気絶している光紀を祭壇の足元に寝かし、二人は休憩することにした。

「あれかな、一週間旅行しようなんて言ったのがいけなかったかな?」
「関係ないと思うよ。それより蝋燭、どんなの?」
 見せてと瑞穂がせがむ。
 紗世はエコバッグの中に入れた蝋燭を一本瑞穂に手渡した。きれいな花柄の和蝋燭。

「さっきの燭台に差してみてよ」
 蝋燭を紗世に戻して更にせがんだ。

「火が付けられたらいいんだけど、そんな便利なもの持ってきてないし…」
 言いながら紗世は燭台に蝋燭を差した。

「サイズぴったり」
「私、養子に来て初めて蝋燭見たとき、こんなことして遊んでたんだ。」
 そう言いながら紗世は蝋燭の芯のあたりに手のひらをかざした。

「いや、熱いよ」
 瑞穂は馬鹿を見るような目で紗世を見た。

「そしたらお父さんに凄く怒られてね。火で遊ぶんじゃないって。」
「そういうとこ、ほんとバカだよね。怒られて当然。お姉ちゃんは実親火事で亡くしてんるだから。」
 蝋燭を眺めながら雑談をしていた。

 何度か芯に手の平をかざしているとあたりに淡い明りが広がった。

「え…」
 蝋燭に火が付いていた。

「さっきから何なの?ちょっと普通じゃないよ!」
「私も訳わかんない」
 蝋燭の炎を見つめながら二人は固まった。

 普通では考えられないことが起こっている。
「光紀大丈夫かな…」
 瑞穂は心配そうに光紀の寝顔を見つめた。
「相当怖がるだろうね…」

 いつの間にか風はやんでいた。風は止んだが、急激に寒くなってきた。

 瑞穂はリュックの中から膝掛けの毛布を出した。

「マジ?そんなのまで?」
「いやぁ、寒がりだから」
 毛布を光紀に掛け、2人はこの後の事を話し合った。

「スカートはちょっと歩きにくいね。」
 紗世は裾の汚れを軽く払いながら愚痴を言った。

「私は偶々ズボンだからまだましだけど…寒いのは苦手。」
 既にダウンコートを着ている瑞穂が、薄くてもいいからもう一枚コートが欲しいと言う。ついでにレッグウォーマーも欲しいと。

「コートねぇ…」
 確かに寒さを凌ぐのにコートは必要だ。

「蝋燭の時みたいにポンって出てきたらいいのにね。」
 何故か楽しそうに言う瑞穂の膝に大きな毛布が落ちた。

「なんで毛布?」
 何枚も落ちてくる。

「何で?」
 瑞穂は呆れて紗世を見た。
「ごめん。なんかすごく想像してたのよ。毛布をマントみたいにして遊んでた子供のころのこと。」
「あ…。思い出した。そうだった。お姉ちゃんあの頃馬鹿だったからよくそんな遊びしてたよね。」
「そうなのよねぇ…」

 ただ想像しただけの物が実際に触れることのできる形になって目の前に存在する。

 紗世は諦めたかのようにため息をついた。
「もうさ、この世界は私たちが知ってる世界とは違うんだよ。どうすれば元の世界に戻れるかなんてさ、考えない方がいいかもね。」
 無駄な労力は使いたくない。

「あぁ…どうしよう。近所の人達、私たちが帰ってこないから大騒ぎしてるかも。」
「さっきもね、スマホの電波確認したけどさ、圏外なの。」
 紗世は自分のスマホを瑞穂に見せた。

「ほんとだ。はぁ~…」
 深く長くため息をついて瑞穂は膝に掛かっていた毛布を体にまとい、足元に続く坂道を見つめた。

 本当にどうなってしまうのか…。

 気絶したまま眠る末妹の光紀が羨ましく思える。
「私も気絶してしまえば良かったかな?」
「お姉ちゃんに限ってそれはないわ!」
 アハハと笑いながら瑞穂は膝を打った。

「さてさて、このまま先を行きますかね?」
 光紀の寝顔を覗き込む瑞穂。

 ついでに毛布を掛け直す。

「それしかないよね。冒険だ。」
「下り坂ばかりだけど。」

 何とかなるさと言って立ち上がると、紗世は子供の時のように毛布を両手で広げてファサッと羽織った。

 しばらくして目を覚ました光紀は、体に掛けられた毛布を見て号泣した。

 家に帰りたいと大口開けて泣く光紀に、瑞穂は諦めが肝心だと言った。


 何かに誘われたのか……。

 紗世は泣き疲れ鼻をすする末妹の隣に座り、目の前の光景を見つめる。

 瑞穂はじっと耳を澄ませ、たまに肌をかすめる風に鼻をひくつかせながら、何かを感じ取ろうとしている。

 空はいつの間にか暗く、紗世の持つ燭台の明りだけがあたりをほのかに照らし、お互いの存在を確認できていた。

 ここはおそらく、時代はわからないが水の枯れた鳰鳥湖の中なのだ。

 何となくそんな風に思えてならない三人だった。

 


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