谷桃子バレエ団のチャレンジ

 以下の記事を書いた当時から予感していた。YouTubeには「バレエをもっと日本に広めたい」とか「バレエの魅力を知ってほしい」と言う日本人ダンサー個人による動画も散見されるが、そういう目的に奏功しつつあるのは、谷桃子バレエ団のみ。そう断言してよい現状だろう。

初出:ブログ『インド映画の平和力』2023年8月7日付

 ダンサー・田中泯のドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』(2022)のレビュー(『週刊金曜日』2022年1月28日号)では、紙幅の関係で、わずかな言及にとどめざるを得なかったことがある。同作では全編にわたって田中のモノローグが流れるが、個人的にいちばん興味深かったのが、次のような語りだ。

10代の終わり、モダンバレエのスタジオに通っていた。稽古場の鏡がきらいだった。向こうに動く自分に縛られ、支配されるような気がした。

 田中が追求する踊りとは、彼についてまったく知らない観客にも予告編からうかがえるかと思うが、映画のタイトルどおりである。
 
 ただし、彼の起点はクラシックバレエやモダンバレエだ。
 
 バレエは、いわば様式美の世界、あるいは後述・谷桃子バレエ団の髙部尚子芸術監督が言うように「制約」の芸術である。「制約」のなかで自由を求めるそれである。
 私が10代のころにはキワモノにしか思えなかったが、そうかといって完全に無視もできない存在だった「異形のダンサー」の核心が、上記のモノローグによって、いまさらのように、閃光さながらに、見えた気がした。

 ここからが本題である。
 インド映画に限ったことではないが、身近なのでインド映画で言うと、以前から書いているように、ミュージカルナンバーとして成立しているものならともかく(非常に少ない)、幕間の余興=本筋とは無関係のアイテムナンバーは、極力スキップすることにしている。
 それでも見てみないとどちらかわからないこともあるため、まったく避けても通れない。そして、手脚を適当にふりまわして「ダンスです」といったような、「舞踊に対するぞんざいな姿勢」に辟易するたび、「解毒剤」が必要になる。
 
 そういうとき、私にとって手っ取り早い方法は YouTube でバレエ関係の動画を探すことだ。あらゆる舞踊(洋舞)の基本であるクラシックバレエの。
 ここで念頭に置いているのは、日本のバレエ団やダンサー個人によるそれらである。そして、私の検索方法が良くないだけかもしれないが、全体的に単調というか、レッスン風景を漠然と見せるものだったり、公演の PR だったり、求心力を欠いたゲネプロ(通し稽古)だったりで、ピンとくるものはほとんどない。
 
 ところが今年6月、谷桃子バレエ団の公式アカウントがリニューアルされ、日本の凡庸なバレエ動画シーンが一変した。「プロバレエ団のリアルを見せます」という惹句のとおり、日本のバレエ界の旧弊に大きな一石を投じる試みで、バレエ団と個々の団員が、どんな問題に直面しているかを赤裸々に伝える。

 たとえば、世界最高峰といわれるロシアの「ワガノワ・バレエ・アカデミー」を経て、ロシアのプロバレエ団に所属していたが、コロナ禍と戦争勃発で方向転換せざるを得なかった大塚アリスさん

 また、やはり世界的に名高い英国の「ロイヤル・バレエ・スクール」を経て、米国のプロバレエ団で踊っていた森岡恋(れん)さん(その1その2)。
 
 それぞれの外国経験を踏まえながら、「プロバレエダンサーが、実質上、プロとして生活できない」という矛盾を体現している。これは谷桃子バレエ団だけの話ではなく、日本のバレエ界全体が長年かかえもってきた深刻な問題だ。
 
 他方、森岡さんは「谷の人(団員)はあたたかい」ということを、入団を決めた理由のひとつに挙げている。
 
 私は、バレエ団の創立者である谷桃子さん(日本バレエ協会第3代会長;1921-2015)に、1990年代に何回かインタビューして記事を書いたことがある。鑑賞眼が尖りすぎている生意気盛りの取材者を、毎回あたたかく迎えてくださった。
 また、谷さんの場合、高名なバレリーナにはめずらしく、クラシックバレエに転向する前はモダンダンサーとしてプロ活動していたため、バレエの話をしていても他ジャンルからの考察を加えられる広がりがあった。
 バレリーナとしての一線を退かれてからかなり経っていた当時は、後輩、ことに団付属のスクールに通う少女たちの育成を、特に気にかけていらしたように思う。
 
 動画で見る限りだが、谷さんの包みこむようなあたたかさは、髙部芸術監督の指導にも引き継がれているようにも感じられる。

 当面、谷桃子バレエ団が動画を通じて伝えたいことをひとつひとつ、きちんと受けとめていきたいと考えている。
 ただ、あえて何か言うとすれば、楽曲の著作権などで引っかかるのかもしれないが、過去の公演の有料アーカイブ配信システムができたらありがたいと思うのだ。
 
 というのも、一例だが、2022年の『ラ・ミゼラブル』再演を見に行けなかったことを悔やんでいるのである。
 むかしから『ラ・ミゼラブル』という作品自体には、ほとんど興味がもてず、映画版もミュージカル版もまともに見ていないのだが、谷バレエ団のモダンバレエ版にだけは強く惹かれた。
 
 そのきっかけは、チェコの作曲家ベドルジハ・スメタナの「モルダウ」(連作交響詩『わが祖国』より)である。「モルダウ」でわからなくても、メロディを聴けば馴染みがあるのではないかと思う。
 
 この「モルダウ」を、『ラ・ミゼラブル』のクライマックス、王制打倒の民衆蜂起の群舞に使うという髙部芸術監督のインタビュー記事(『SPICE』2022年7月31日付)を読んで、「あれをどうやって戦いのシーンに?」と疑問符だらけだったのだが、こういうクリップ(10:08~10:27あたり)に「なるほど!」だったのだ。

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